SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説
境目
作品から着想を得た、書き下ろし官能小説です。
レビュー対象とは別の人物・設定で書かれた、出演者本人とは無関係の書き下ろし成人フィクションです。
この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。
この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。
WRITTEN FOR SLENDER IV.com
六〇八号室のカーテンを開けた瞬間、美緒は足を止めた。
ベッドの上の男も、同じような顔をした。
「……圭吾さん?」
「え、美緒?」
右腕を固定された一ノ瀬圭吾が、病衣姿で座っていた。
「なんでここにいるんですか」
「それ、看護師が患者に聞く?」
「あ、そっか」
思わず笑ってから、美緒は手元のファイルを確認した。昨夜、ロードバイクで転倒。右手首を骨折し、今朝手術を受ける予定になっている。
圭吾は美緒の親友、奈緒の彼氏だった。
三年ほど前から付き合っていて、美緒も何度か三人で食事をしたことがある。背が高く、よく笑い、初対面の相手ともすぐ打ち解ける。奈緒が席を外して二人きりになっても、気まずくなったことがなかった。
「奈緒、知ってます?」
「昨日電話した。今日来るって」
「じゃあ安心ですね」
美緒は血圧計を圭吾の左腕に巻いた。
「しかし偶然だな」
「私も名前見たとき同姓同名かと思いました」
「美緒がいるなら入院も悪くないな」
「そういうこと言ってると、痛い注射されますよ」
「美緒がやるなら我慢する」
「はいはい」
血圧計を外しながら、美緒は笑った。
普通の患者なら、たぶん「余計なこと言わないでください」で終わらせていた。
その日の午後、奈緒が見舞いに来た。
「もう、ほんっと馬鹿なんだから」
開口一番そう言いながら、奈緒は圭吾のベッド脇に座った。
「美緒がいてくれてよかったあ」
「私が治すわけじゃないけどね」
「でも安心するじゃん。こいつ絶対わがまま言うから」
「もう言ってる」
「ほら!」
三人で笑った。
奈緒に叱られている圭吾を見ながら、美緒は以前三人で飲んだ夜を思い出した。奈緒が酔いつぶれたとき、圭吾は文句を言いながら彼女を背負って駅まで歩いた。
あのときも、美緒はその背中を見ていた。
翌日、手術を終えた圭吾は思った以上に不自由そうだった。
利き手が使えず、点滴も入っている。入浴できないため、温かいタオルを渡し、届かないところだけ美緒が手伝った。
「背中、向けてください」
「お願いします」
「急に素直ですね」
「看護師さん怖いから」
「学習しましたね」
肩から背中へタオルを滑らせる。
三人でいるときは服を着た姿しか知らない。当然のことなのに、美緒は妙な感じがした。
「美緒」
「はい?」
「さっきから同じところ拭いてる」
手が止まった。
「あ、ごめんなさい」
「俺、そんなに汚い?」
「違います」
美緒はタオルを畳み直した。
圭吾が振り返る。
「照れた?」
「何がですか」
「俺の裸」
美緒はタオルを彼の左手へ渡した。
「残り、自分でお願いします」
「怒った?」
「仕事中です」
「それ、答えになってないけど」
美緒は返事をせず、カーテンを開けた。
「終わったらナースコール押してください」
病室を出てからも、背中に圭吾の笑い声が聞こえた。
ところが翌日になると、圭吾は何事もなかったように話しかけてきた。
昨日のことには触れず、美緒も触れなかった。
そのことに、美緒は少しほっとした。
ただ、その気楽さを覚えてしまったことが、二人の間にあったはずの境目を、ほんの少しだけ曖昧にした。
「コーヒー飲みたい」
「売店で買ってきてください」
「この手で?」
「左手があります」
「冷たいなあ」
「甘やかすと奈緒に怒られるので」
そう言いながら、美緒は休憩に入るついでに売店へ行き、自分の分と一緒に缶コーヒーを一本買った。
「やさしいじゃん」
「ついでです」
「俺、ブラックって覚えてた?」
美緒は一瞬黙った。
以前三人でドライブしたとき、圭吾がサービスエリアでブラックを買っていた。
「たまたまです」
「ふうん」
圭吾はそれ以上何も言わなかった。
美緒も仕事へ戻った。
翌日も、その次の日も、病室へ行けば少し話した。
圭吾はよく美緒をからかった。
彼氏はいないのか。休みの日は何をしているのか。白衣じゃないときはどんな服を着ているのか。
美緒は適当にかわしながら、全部を拒絶することはしなかった。
「奈緒に言いますよ」
「何を?」
「入院中に看護師口説いてたって」
「口説かれてると思ってたんだ」
「そういうところ」
「じゃあ、ちょっとは意識してる?」
「してません」
即答すると、圭吾は笑った。
「美緒って、そういう顔するんだな」
「どういう顔ですか」
「言わない」
「感じ悪い」
「怒った?」
「だから、仕事してください」
言ってから、美緒は自分で笑った。
「仕事するの私だった」
「疲れてんな」
圭吾も笑った。
それで会話は終わった。
そのくらいが、ちょうどよかった。
退院の日、美緒が病室へ行くと、圭吾はすでに私服に着替えていた。
久しぶりに見るその姿のほうが、なぜか見慣れているはずなのに新鮮だった。
「お世話になりました」
「もう戻ってこないでくださいね」
「美緒に会えなくなるの寂しいな」
「奈緒に会えばいいでしょう」
「奈緒と美緒は別じゃん」
美緒はベッド脇の忘れ物を確認するふりをした。
「そういうこと、ほかの人にも言ってるんですか」
「気になる?」
「奈緒の彼氏だから聞いてるんです」
「じゃあ今度、教えてあげるよ」
「結構です」
圭吾は笑った。
「連絡する」
「しなくていいです」
そう答えたのに、美緒は「連絡先知らないでしょう」とは言わなかった。
以前、奈緒を交えて三人で飲んだときに交換している。圭吾から個人的に連絡が来たことは、一度もなかった。
退院して三日後。
その名前が美緒のスマートフォンに表示された。
〈ちゃんと退院祝いしてよ〉
美緒は画面を閉じた。
夜になってもう一度開いたが、返信はしなかった。
翌日。
〈冷たいな〉
それにも返さなかった。
さらに二日後。
〈一回だけ飲まない?〉
美緒はしばらく画面を見ていた。
〈奈緒は?〉
初めて返した。
すぐ既読がついた。
〈二人で〉
〈なんで〉
〈病院じゃ話せなかったから〉
美緒はスマートフォンを置いた。
その夜は返さなかった。
翌日の仕事中、ふと圭吾がほかの女性にも同じようなことをしているのではないかと思った。
奈緒は圭吾を信用している。
だったら、どんなつもりなのか一度くらい確かめておいてもいい。
休憩時間、美緒はスマートフォンを取り出した。
〈一時間くらいなら〉
待ち合わせの日、美緒は一度自宅へ帰った。
クローゼットを開け、最初に出したニットをベッドへ置く。次にブラウスを出した。
鏡の前で合わせて、結局ブラウスにした。
ピアスをつける。
一度外した。
玄関まで行って、また戻ってつけた。
駅前の店には、圭吾が先に来ていた。
「お疲れ」
「待ちました?」
「いや」
圭吾が美緒を上から下まで見る。
「何ですか」
「別に」
「何か言いたそう」
「やっぱ病院と全然違うなと思って」
美緒は向かいの椅子を引いた。
「当たり前でしょう」
一時間だけのつもりだった。
最初の一杯を飲みながら、美緒は奈緒の話をした。
「圭吾さんって、ああいうこと誰にでも言うんですか」
「ああいうこと?」
「病院で言ってたようなこと」
「気にしてたんだ」
「奈緒が心配だから」
「美緒は?」
「何が?」
「俺が誰にでもああいうこと言ってたら嫌?」
美緒はグラスを持ち上げた。
「そういう話をしに来たんじゃないです」
「じゃあ何の話?」
答えずに飲んだ。
圭吾が笑う。
「つれないなぁ」
二杯目は圭吾が頼んだ。
三杯目は美緒が自分で頼んだ。
時計を見たときには、一時間を三十分ほど過ぎていた。
「そろそろ帰らないと」
そう言いながら、美緒は席を立たなかった。
「彼氏、本当にいないんだ?」
「いません」
「どのくらい?」
「なんでそんなこと言わなきゃいけないんですか」
「いいじゃん」
「二年くらい」
「長いな」
「別に困ってません」
「どういう男が好きなの」
「面接ですか」
「気になるだけ」
美緒は少し考えた。
「ちゃんとしてる人」
「俺、ちゃんとしてるよ」
「自分で言う人は信用できません」
「ほかは?」
「頼りになる人」
「俺じゃん」
「違います」
「男らしい人?」
美緒はグラスに口をつけた。
圭吾が笑った。
「それも俺じゃん」
「うるさい」
初めて敬語が抜けた。
二人とも、それに気づいた。
美緒はグラスを置いた。
「帰ります」
店を出ると、雨が降っていた。
二人で軒下に立った。
「タクシー?」
「そうします」
圭吾が道路へ目を向ける。
美緒は隣に立つ彼の横顔を見た。
「今日は楽しかった」
「私は圭吾さんがどういう人なのか確認しに来ただけです」
「分かった?」
「最低な人だってことは」
「じゃあ奈緒に言う?」
美緒は答えなかった。
圭吾がこちらを見る。
「美緒」
「何ですか」
左手が頬に触れた。
圭吾の顔が近づく。
美緒は動かなかった。
唇が重なった。
短いキスだった。
圭吾が離れる。
美緒は彼を見たまま立っていた。
「ごめん」
圭吾が言った。
美緒は何も言わなかった。
道路の向こうで、空車のタクシーが一台通り過ぎた。
「美緒」
美緒が圭吾のコートを掴んだ。
離れたとき、美緒は俯いた。
今度は圭吾も何も言わない。
それが腹立たしかった。
「何か言ってよ」
「何て?」
「知らない」
圭吾が小さく笑った。
また一台、タクシーが近づいてくる。
手を上げれば止まる距離まで来て、そのまま二人の前を通り過ぎた。
美緒は圭吾を見た。
「……その気にさせた」
圭吾の表情が変わった。
「確かめに来たのが間違ってた」
美緒の表情が今にも泣きそうになる。
「ごめん、俺が悪いな」
「もう遅い」
それだけ言って、美緒は先に歩き出した。
ホテルの部屋に入ると、圭吾が後ろから抱き寄せた。
美緒はその腕を外し、振り返った。
ーー自分から口づけた。
圭吾の左手が腰に回った。
右手を使おうとした瞬間、美緒は固定具のついた腕を掴んだ。
「こっちは駄目」
「こんなときまで看護師?」
「骨、またずれたら知らないから」
圭吾が笑う。
その口を、美緒はもう一度塞いだ。
ブラウスのボタンに左手が触れる。
うまく外せずにいる圭吾の手を、美緒が止めた。
自分で一つずつ外した。
圭吾が見ている。
美緒は目を逸らさなかった。
「奈緒の名前、絶対言わないで」
応えるように彼は強引に彼女を自分の方へ引き寄せる。左手だけという不自由さが、彼に強引さを与えているように感じられた。
脳裏に浮かんだのは、いつも明るく笑う奈緒の顔。親友の男を、自分から誘い、今から身体を重ねる。その背徳感は、皮膚の端々まで突き刺さるような刺激となって、下腹部をじわりと熱くさせた。
「……激しくして」
美緒は耳元で囁いた。優しく求められることなど望んでいなかった。汚れる自分を、奈緒への罪悪感で締め付けられるであろう胸を、その痛みを、丸ごと快楽に塗り変えて欲しかった。
圭吾は、左手で彼女の腰を強く引き寄せ、深く、飢えた獣のような口づけを落とした。舌が絡み合い、荒々しい呼吸が静かな部屋に響く。美緒も彼を強く抱きしめ、服越しに伝わる男の体温に身を震わせた。
口づけを交わしながら、美緒は彼を壁へと追い詰めた。壁に背を向け、身を屈めた彼の背中に、彼女は自ら身体を密着させた。圭吾がすかさず身を入れ替える。左手が彼女の股に割り入った。
「っ……」
いきなり下着を避け、指がすでに濡れた肉ひだを開く。ぎこちない。しかし利き手ではないそのぎこちなさが乱暴にされているという状況を演出する。
「はぁ…っ。やばい…」
壁に押し付けられた状態から、美緒は彼に背を向け、自分から手を伸ばし彼の固くなった部分を掴む。右手を使えない彼のベルトを片手で外し、自分のスカートを捲った。
「もう挿れるよ」
美緒の下着を乱暴に下ろした彼の手がそのまま肉棒を掴み、すでに愛液にまみれた割れ目へと突き刺す。
「っ!…あぁ…あぁ…っ」
その瞬間、快楽というよりも、とうとう禁忌を犯したという激しい衝撃が背筋を走った。
「美緒…」
その低い声に刺激され、美緒は壁に手を突き、身体を揺らした。決して踏み込んではいけない聖域を土足で踏みにじっている感覚が、彼女を狂わせる。罪悪感が強くなるほどに、身体は激しく反応し、熱く濡れていった。
「なんで…こんなに気持ちいいの…はぁっ…ん」
つぎの刺激に飢えた二人は、どちらからともなくベッドへ倒れ込んだ。
圭吾の身体が上に乗り、美緒を組み敷く。正面から深く繋がった瞬間、美緒は彼の肩に爪を立て、激しく首を振った。視界に映る天井が歪み、意識が白く染まる。
「ダメ……あ、っ、っ……!」
声にならない喘ぎが漏れる。美緒は、自分を抱いているのが圭吾であることを強く意識した。奈緒が愛している男に抱かれ、同じ快楽を共有している。その事実が、美緒の芯を激しく突き上げ、絶頂への加速を促した。
美緒は彼を突き上げ、自ら上に跨った。快楽をくれるそれを掴み、迎え入れる。彼を見下ろしながら腰を動かした。圭吾の左手が、リズムを誘導する。
「いいんだろ…」
「……っ、いや……っ」
挑発的な言葉が、さらに火をつける。美緒は自分の内側を埋める彼の熱を感じながら、奈緒への裏切りの快感に溺れた。罪悪感が快楽に変換され、身体の芯から震えが止まらない。
「あぁん…はっ…いっ…いっちゃ…」
その言葉を聞いた圭吾は美緒を押し倒し、再び深く、激しく突き上げた。もはや優しさなどどこにもない。ただ本能だけでぶつかり合うような激しい突き上げに、美緒の意識は白く濁り、快楽の絶頂へと連れられた。
「あ、あああっ!!」
美緒は大きく仰け反り、身体を弓のようにしならせて絶頂を迎えた。同時に、圭吾も激しく身体を震わせ、彼女の中にすべてを吐き出した。
静寂が訪れた。
圭吾が何かを囁こうとして、そっと美緒に口づけようとしたが、美緒はそれを避け顔を逸らした。
熱に浮かされていた興奮が冷めると、同時に激しい空虚さが襲ってきた。
床に落ちていたブラウスを拾う。
「もう帰る?」
「帰る」
ボタンを留めながらスマートフォンを見る。
奈緒からメッセージが届いていた。
〈圭吾、もう普通に仕事戻ってるみたい。入院中ありがとね! 今度三人で飲もうよ〉
美緒は画面を閉じた。
背後で圭吾がシャツを着ていた。片手ではボタンがうまく留められない。
美緒は見ていたが、もう手伝わなかった。
「次、いつ会える?」
「次なんてない」
答えはすぐに出た。
これでもう、親友の彼氏は欲しいものではなくなったはずだ。
そう自分に言い聞かせた。