SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説
憧れの先輩には完璧な彼女がいるので、一度だけ思い出をくださいとお願いした処女
作品から着想を得た、書き下ろし官能小説です。
作品の余韻から生まれた、出演者本人とは無関係の独立した物語です。
この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。
この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。
WRITTEN FOR SLENDER IV.com
私は、自分のことをわりとまともな人間だと思っている。少なくとも、他人の彼氏を奪おうとは思わない。
しかも、その「他人」が同じサークルの先輩で、綺麗で、優しくて、私にも普通に話しかけてくれる人ならなおさらだ。だからこれは、略奪愛ではない。
断じて違う。そういうことにしておかないと、話を始められない。
私は二十一歳。大学三年生。
創作研究会という、漫画を描く人、ゲームを作る人、アニメの話しかしない人などが雑然と集まった小さなサークルにいる。私は最後の分類だ。
ただし、サークルの男子によれば、私は多少分類が難しいらしい。以前、部室の外で、
「奈美って、よく見ると普通にかわいいよな」
「わかる。服があれだから目立たないけど」
「去年の夏、Tシャツ一枚だったとき見た?」
という会話を聞いてしまったことがある。最後まで聞く前に逃げた。
私は基本的に大きめのパーカーとゆるいパンツで生きている。別に大きめで形の良い胸と自信のある脚を隠しているつもりはない。
楽だから着ているだけだ。たぶん。
そんな私が二年間、どうしようもなく好きだったのが、四年生の龍一先輩だった。顔がものすごくいい、というわけではない。
でも背が高くて、声が落ち着いていて、誰に対しても態度が変わらない。私が夜中に長文で送った意味不明なゲームシナリオにも、翌朝ちゃんと感想を返してくれるような人だった。
そして彼には彼女がいる。美雪先輩。
こちらは文句なく綺麗だ。綺麗なのに気取っていなくて、料理が上手くて、私のような後輩にも普通にお菓子をくれる。
嫌いになれる要素が一つもない。困る。
私は龍一先輩が好きなのに、美雪先輩にも幸せでいてほしい。さらに困ったことに、私の妄想というものは倫理観とは別の部署で営業している。
二人が並んでいるところを見る。お似合いだなと思う。
その夜、勝手に色々想像して、ひとりで色々する。そして翌日、美雪先輩から、
「奈美ちゃん、おはよ」
などと笑顔で言われ、私は心の中で土下座する。こんな二年間だった。
龍一先輩が卒業する。就職先は県外だった。
それを聞いたとき、悲しいより先に、終わるんだ。と思った。
これでいい。会わなくなれば、そのうち忘れる。
新しい人を好きになる。二年間の片想いなんて、三年くらいすれば昔話になる。
たぶん。
その卒業前、サークルの主要メンバー五人で一泊することになった。
卒業旅行と呼ぶほど大げさなものではなく、山の方にあるコテージを一棟借りただけだ。龍一先輩、美雪先輩、同期の二人、そして私。
夕方から料理を作って、くだらない話をして、卒業したらどうするとか、誰が一番最初に結婚するとか、そんな話をしていた。龍一先輩は途中から暑いと言って上着を脱ぎ、薄いTシャツ一枚になった。
私は見ないようにしたが、もちろん見た。自慢じゃないが私はスケベなのだ。むっつり。
二年間好きだった男の人が、一メートル先で無防備に笑っている。これを見ないのは逆に失礼なのではないだろうか。
そういう理論を脳内で構築した。
夜九時を過ぎたころ、買い忘れが見つかった。たいした物ではないのだが、翌朝まで含めると困る。
近くの店はもう閉まっていて、二十四時間営業の店までは車で二十分以上かかる。問題は、私以外の四人がすでに酒を飲んでいたことだった。
「私、行ってきますよ」
そう言ったら、龍一先輩がすぐに、
「でも奈美、あんまり運転しないだろ」
と言った。
「しないですけど、免許はあります」
「車、俺のだし。俺も行くよ。運転はできないけど」
そこで美雪先輩が笑った。
「そうしてあげて。自分の車なんだから」
軽い。あまりにも軽い。
私は思わず美雪先輩を見た。疑っている様子なんて欠片もない。
そりゃそうだ。私だもん。
私と龍一先輩が二人で車に乗ったところで、何が起きるというのだ。美雪先輩の中で私は完全に安全地帯なのだろう。
それが妙に胸に引っかかった。私だったら嫌だけどな。
好きな人を、他の女の子と夜の車に乗せるなんて。
いや、そんなことを考える私の方が、おかしいのか。
「気をつけてね」
美雪先輩に送り出され、私は龍一先輩の車の運転席に座った。助手席には龍一先輩。
心臓がうるさい。これまでにも二人で話したことくらいある。
部室で二人きりになったことだってある。でも夜の車というものは、空間の種類が違った。
助手席が近い。信号待ちのたびに横顔が見える。
車内には龍一先輩の車の匂いがする。当たり前なのに、それだけで落ち着かない。
「緊張してる?」
「運転にです」
「俺が隣だからじゃなく?」
私はブレーキを踏みながら先輩を見た。
「そういうこと言う人でしたっけ」
「ごめん」
笑っている。たぶん何も考えていない。
私は考えすぎている。ゲームなら選択肢の出る場面だが、現実にはセーブ機能がない。
だから黙って運転した。
問題が起きたのは、店まであと半分ほどというところだった。車の右側から妙な音がした。
その直後、ハンドルに違和感が出た。
「ちょっと待って。奈美、ゆっくり左寄せて」
龍一先輩の声が急に真面目になった。路肩に停める。
二人で降りて確認すると、右後輪が見事に潰れていた。
「うわ」
龍一先輩が頭を抱えた。
「パンクですか」
「パンクだね」
幸いスペアタイヤは積んであった。ジャッキもある。
ところが龍一先輩が収納部分を探し始め、だんだん顔が曇った。
「レンチがない」
「え?」
「あ」
龍一先輩が額を押さえた。
「この前、美雪の車で使ったんだ。向こうに積んだままだ」
こんなことってあるんだな、と思った。創作なら「都合がよすぎる」と没にするところだ。
現実は編集者がいないので平気でやってくる。結局、ロードサービスを呼ぶことになった。
山側で時間も遅い。到着までは一時間以上かかるという。
龍一先輩はコテージに電話した。
「ごめん、パンクした。……うん。スペアあるんだけど工具なくてさ。……そう。しばらくかかる」
電話の向こうから美雪先輩の笑い声まで聞こえた。
『あんた何やってんの』
「ほんとごめん」
『奈美ちゃんに謝っときなよ』
「今謝ってる」
電話を切ってから龍一先輩が私を見た。
「本当にごめん」
「別に先輩のせいじゃないですよ」
「寒くない?」
「大丈夫です」
二人で車へ戻った。エンジンをかけたまま、暗い道路脇に停まって待つ。
スマホを見る。あと五十八分。
長い。龍一先輩は何か使える物がないか、念のためもう一度車内を探し始めた。
後部座席。助手席の足元。
運転席と助手席の間。
「あ、ごめん」
身体を伸ばした先輩の腕が、私の肩に触れた。それだけだった。
本当に、それだけ。なのに私は固まった。
男の人に触れられた経験がほとんどない。知識ならある。
無駄にある。一人でいろいろ試してもいる。
頭の中だけなら私はたぶん上級者だ。実地経験だけがレベル1だった。
だから、好きな人の腕が肩に触れただけで、全部が役に立たなくなった。
「奈美?」
近い。先輩が私を見る。
まずい。
卒業したら、会わなくなる。次に会うころには、先輩はもっと美雪先輩との未来を歩いているかもしれない。
私はまた別の誰かを好きになっているかもしれない。それが正しい。
それでいい。なのに。
「先輩」
「ん?」
「私、先輩のこと、ずっと好きでした」
先輩の顔から笑いが消えた。車の中が急に静かになった。
言ってしまった。もう戻れない。
「……奈美」
「知ってます。美雪先輩がいるのも。別れてほしいとか、そういうのじゃないです」
「だったら」
「むしろ幸せになってほしいです」
自分で言っておいて、変な告白だと思う。
「でも、もう会えなくなるじゃないですか」
「会えなくなるわけじゃ」
「今までみたいには会えません」
先輩は黙った。私は自分の手を握った。
指が震えていた。
「お願いがあります」
「何?」
一度、息を吸った。
「私の初めての相手に、先輩を選ばせてもらえませんか」
先輩が完全に止まった。やっぱり言い方がおかしかったかもしれない。
でも今さら修正できない。
「……何言ってるんだよ」
「本気です」
「奈美、それは駄目だ」
即答だった。当然だ。
「もっとちゃんと好きな人ができるから」
「好きな人なら目の前にいます」
「そういう意味じゃなくて」
「わかってます」
私は先輩を見る。逃げない。
ここまで来て逃げたら、一生後悔する。
「付き合ってくださいって言いません。連絡してとも言いません。美雪先輩から取るつもりもありません」
「でも」
「一回だけでいいんです」
先輩は何も言わなかった。
「思い出にさせてください」
自分でも驚くほど声は静かだった。
「そしたら私、次に行きます」
本当にそうしたかった。この二年間を終わらせたかった。
「じゃないと、たぶん終われないんです」
先輩の視線が揺れた。
「……後悔するぞ」
「するかもしれません」
「だったら」
「でも、しなかった後悔は、たぶんもっと長いです」
私は少し笑った。
「私、こう見えて、考えるだけならずいぶん長いこと考えましたから」
先輩も小さく笑った。それから、また真面目な顔になった。
「本当に、俺でいいの?」
「はい」
「美雪のことも分かってる?」
「分かってます」
「途中で嫌になったら、絶対に言えよ」
思ったより軽かった。先輩も男なんだな。
それでも胸がいっぱいになった。私は頷いた。
「はい」
今度は先輩の方が、しばらく何も言わなかった。そして、小さく息を吐いた。
「……俺も、奈美のこと、何とも思ってなかったわけじゃない」
その一言で、二年間の妄想が全部ひっくり返った。
「それ、今言います?」
「今しか言えないだろ」
私は笑った。泣きそうなくせに。
「ずるいです、先輩」
「ごめん」
「謝らないでください」
暗い山道。パンクした車。
ロードサービス到着まで、あと五十一分。人生というものは、本当に状況設定が雑だ。
でも。たぶん私は、この雑な夜を一生忘れない。
先輩が目を細めた。それから、ようやく手が動いた。
運転席と助手席のあいだに置かれていた私の右手を、上から覆う。さっき肩に触れたときより、意図がある。
体温がはっきりした。知識なら、手を握られるくらいどうということはない。
実際は、指の一本一本の場所が分かってしまって、呼吸のタイミングを忘れた。
「冷たいな」
「緊張してます」
「運転の、じゃなくて?」
「運転の緊張は、パンクした時点で失格です」
先輩が笑った。短い。
その笑いのすぐあとに、顔が近づいてきた。最初のキスは、想像より雑だった。
角度が少しずれる。鼻が当たる。
映画なら一発で決まるところが、現実は編集されていない。それでも、龍一先輩の口が私の口の上にある、という事実だけで、二年分の夜が一度に崩れた。
頭の中で組み立てていた手順表が、最初の一枚で破れる。温かい。
湿っている。先輩の息が、キスの合間に私の唇に当たる。
離れたとき、私は自分が目を開けたままだったことに気づいた。先輩も気づいたらしく、少し困った顔をした。
「目、開いてた」
「確認してました」
「何を」
「本物かどうか」
「……本物だよ」
二度目は、もう少し長かった。先輩の手が、握ったままの私の手から腕へ、パーカーの袖の上を通って肩へ移動する。
事故みたいな接触ではない。触りにきている。
その違いが分かった瞬間、身体の内側が先に反応した。一人のときは、自分のペースでできた。
今はペースが向こうにある。好きな人のペースが、私の喉のあたりまで上がってくる。
シートベルトは、さっき外していた。運転席のままでは無理がある。
先輩がそう判断したのか、顎で後部座席を示した。
「後ろ、いけるか」
「いけます」
いけます、と答えてから、自分が今なにに「いける」と言ったのかで顔が熱くなった。それでもドアは開けず、座席のあいだを後ろへ抜ける。
狭い。膝がどこかに当たる。
先輩も続いて来て、ドアを閉めた音が妙に大きかった。外界が一段、遠ざかる。
後部座席は、助手席より近い。近いというより、逃げ場がない。
先輩が座ったあと、私の方へ身体を寄せる。またキス。
今度は私が先に口を開いた。知識では知っている。
実際に舌が触れた瞬間、知っていることと、感じていることが別の部署だと再確認した。甘いとか、うまくとか、そういう評価以前に、ただ多い。
感覚が多すぎる。パーカーのファスナーに、先輩の指がかかった。
止まる。私は自分から下ろした。
中はいつものTシャツだ。特別な下着でもない。
今日、こんな展開になると思って着てきていない。それが逆に、嘘がなくて落ち着いた。
嘘がないのに、先輩の視線は落ち着いていなかった。Tシャツの裾から手が入る。
腹の皮膚に直接、掌が乗った。私は息を止めた。
一人で触るときの手は、自分の手だ。今は大きさも温度も違う。
肋骨のあたりをゆっくりなぞられて、普段隠しているわけではない身体が、急に意味を持った。
「……奈美」
「なんですか」
「よく、そんな服ばかり着てたな」
「楽なので」
「楽、か」
先輩の声が低い。褒めてはいない。
困っているみたいでもない。見てしまって、取り消しが効かない、という感じだった。
Tシャツが胸のあたりまで捲られる。冷たい空気と、温かい視線が同時に来た。
私は腕で隠そうとして、やめた。隠したら、今日の意味が少し減る気がした。
先輩の口が、鎖骨の下に落ちる。濡れた感覚。
歯ではない。吸われる。
声が喉まで来て、私はそれを歯で止めた。山道だ。
誰もいないはずなのに、音だけは出したくなかった。出せないことが、かえって身体を敏感にする。
「声、出しても」
「出しません」
「出しそうな顔してる」
「見てないでください」
「今さら」
今さら、は正しかった。見られている。
女として見られている。その実感が、恥ずかしさの隣に、別の熱を置いていった。
私は先輩の髪に手を入れた。短くない。
指が通る。通る感触が意外で、力が入る。
先輩が小さく息を吐いた。その吐息が私の胸に当たる。
当たった場所が、自分のものではないみたいに跳ねた。パンツのゴムに指がかかる。
私は腰を浮かせた。協力している。
協力している自分が、少しばかみたいで、少し誇らしかった。布が膝まで落ちる。
車内灯はつけていない。それでも目は慣れていて、白い肌と、暗い影と、先輩の手が境界にいるのが分かった。
指が、私のいちばん柔らかいところへ来た。すでに熱くて、滑っていた。
一人のときと同じ場所なのに、同じではなかった。相手がいる。
相手が、私の反応を受け取っている。そこが決定的だった。
先輩の指が動くたびに、私の呼吸が勝手に浅くなる。知識では、次に何が起きるか分かっている。
分かっているのに、分かっていることが助けにならない。
「ん……」
短い声が漏れた。先輩が顔を上げて、私を見る。
見たい、という顔だった。私は目を逸らさなかった。
逸らしたら、また安全な後輩に戻れる気がして、戻りくなかった。指が中へ入る。
痛み、というほどではない。異物感。
異物なのに、身体がそれを拒まない。先輩の指は私の指より太い。
内壁がそれに合わせて変わるのが、自分でも分かった。ゆっくり、抜かれて、また入る。
膝が寄る。寄せて、また開く。
開いている自分を、先輩が見ている。見られていることが、指の動きより先に私を崩した。
「先輩」
「痛い?」
「痛い、というより」
言葉を探して、見つからなかった。
「知ってるつもりでした」
「知ってるつもり」
「一人だと、相手がいないので」
先輩が低笑いした。笑いながら指を曲げられて、私は前の文を忘れかけた。
内からこすられる場所は、自分でも起こせる。起こせるのに、起こされるのは別物だった。
腰が、相手の手に合わせて動く。動いている自覚があるのに止められない。
二年間、頭の中でこの人にされていたことが、全部、偽物だと分かった。偽物のほうが上手だった。
本物は雑で、熱くて、間が悪い。間が悪いせいで、全部が新しい。
私は先輩のベルトに手を伸ばした。金属が冷たい。
バックルが一度で外れず、先輩が手を添えた。二人で外す。
ばかみたいな共同作業。そのばかみたいな感じが、今の私たちにはちょうどよかった。
ジーンズの中は、想像よりはっきりしていた。硬い。
熱い。布の上からでも、形が分かる。
分かって、喉が鳴った。出す。
掌に乗った重さが、知識のイラストを全部更新する。私は一度、見た。
見て、触った。筋を親指でなぞる。
先輩の腹が、はっきりと動いた。
「……そこ、得意そうな顔するな」
「得意ではありません。資料どおりか確認してるだけです」
「資料」
「黙ってください、恥ずかしいので」
先輩は黙らなかった。名前を呼んだ。
奈美、と。呼び方は普段と同じなのに、今の声だけ別だった。
私は顔を近づけて、先を唇で含んだ。塩気。
体温。舌の裏に乗る感触。
想像ではもっと綺麗にできていた。実際は歯を当てないことに必死で、唾がすぐ溜まる。
先輩の手が後頭部に乗る。押してこない。
置いてあるだけなのに、置いてある場所が支配的だった。奥まで入れようとして、むせる。
すぐ離す。上手くない。
上手くないことを、先輩は責めなかった。息を乱している。
乱しているのが私のせいだと思うと、下手なのが急に価値を持った。もう一度、浅く含んで、手を添える。
上下する。先輩の声が、歯のあいだから漏れる。
その声が欲しくて、私はリズムを変えた。変えたら、手が止まる。
当たる場所が違うらしい。違うらしい、を、先輩の反応から読む。
読む作業が、妙に性に合っていた。
「奈美、いったん」
離す。糸が唇から落ちる。
自分で拭いて、パーカーの袖を恨んだ。袖は遠い。
Tシャツの裾で拭く。品がない。
品がない夜だと、最初から分かっていた。先輩が私の膝を開いた。
腰を寄せる。先端が、熱い場所に当たる。
当たっただけで、腰がすくむ。すくみながら、私は先輩の服の裾を掴んだ。
「本当に、俺でいいか」
さっきと似た質問だった。似ているのに、今はもう、言葉の儀式ではなかった。
身体が先に答えを出している。私は頷いて、足りなくて、声にした。
「いいです。先輩がいいです」
入ってくる。ゆっくり、でも、逃げる隙間はない。
内側が押し広げられる。痛みは、鋭いというより深い。
息を止める。止めたままでは苦しくて、吐いた拍子に、もう一段、中へ来た。
奥まで埋められる感覚。一人の指では届かなかった厚みが、身体の真ん中を占領する。
「……っ」
「奈美」
名前を呼ばれるたびに、現実が固定される。夢なら、もっと上手くできている。
これは夢より不格好で、夢より近い。先輩の額が、私の額に寄る。
汗。車内の暖房と、二人の熱で、窓が薄く曇っていた。
曇りの向こうに、暗い木がある。誰も見ていない。
見ていない場所で、私は龍一先輩を受け入れていた。動き始める。
最初は浅い。抜ける寸前まで下がって、また埋まる。
埋まるたびに、内のどこかが引きつれる。痛い、と痛いではないもののあいだ。
そのあいだが、だんだん熱に負けていく。音がする。
濡れた音。恥ずかしい。
恥ずかしいのに、その音が自分の身体が出している音だという証拠が欲しかった。
「先輩……動いてます」
「分かってる」
「私の中、です」
「分かってる」
分かってる、を二回言われて、私は笑ってしまいそうになった。笑ったら壊れそうで、歯を噛んだ。
噛んだ口を、先輩がまた塞ぐ。キスしながら腰を打たれると、呼吸の場所を失う。
鼻から吸って、喉で声になる。短い声。
短いのに、全部先輩に入っていく。奥に当たる。
当たった瞬間、腰が勝手に浮いた。先輩の手が私の尻を押さえる。
押さえられたまま、もう一度、同じ場所へ。視界の端が白くなった。
一人のとき、そこに近い場所は知っていた。知っていた地点を、他人の形で踏まれる。
踏まれ方を、私は自分から求め始めていた。一人とは違う、満足感を伴う快楽。思わず、脚を絡める。
浅い位置では足りなくて、もっと欲しくて、踵で先輩の背を寄せる。
「奈美、そんな……」
「二年分です……んっ…んっ…」
「二年分を、今出すな…はぁ…っ」
「だって…んっ……今しか……ないの…でっ…あん…!」
先輩の動きが速くなった。車が、小さく揺れる。
サスペンションが正直者だった。音を殺そうとして、かえって呼吸が荒くなる。
私の中を、好きな人が往復している。その文を頭の中で作って、作った瞬間に、言葉が全部色情に聞こえて自分で閉口した。
閉口しても身体は正直で、締まる。締まるたびに先輩の息が乱れる。
乱れるのが見えて、私はもっと締めた。意識して。
濡れた音の中で先輩が往復する。
意識してできることが増えると、初めてなのに、初めてだけではない時間になった。
「ダメだ、出る…」
「中に…」
「駄目だ」
「……はい」
はい、と言いながら、中のまま終わる想像が一瞬よぎった。よぎった自分を、私は後で責めるだろう。
先輩が抜けていく感覚が、寂しかった。
掌の中で、先輩が低く吐息を落とす。熱いものが、腹と腿のあいだに落ちた。
匂いが変わる。二人の匂いになる。
車の匂いの下に、この夜が重なる。余韻は、きれいではなかった。
足が震える。内側が、まだ開きかけのまま脈を打つ。
私は天井を見た。車の天井は近い。
近い天井の下で、私は先輩の肩に額をつけた。達成感はあった。
あったのに、同じ量だけ、終わってしまった、が来た。先輩の指が、私の髪を耳の後ろへやる。
恋人の仕草に似ている。似ているから、やってはいけない仕草だと思った。
それでも、払わなかった。
「……奈美」
「今は、謝らないでください」
「なにも言ってない」
「顔が、謝りそうでした」
先輩が鼻で笑った。笑いが、まだ身体の近くにある。
汗が冷えてきて、Tシャツが気持ち悪い。パンツを上げる。
パーカーのファスナーを上げる。いつもの形に戻る。
戻るほど、中身が戻っていないのが分かった。スマホが、カップホルダーのほうで光っていた。
まだ来ない。でも数字は減っている。
「先輩」 「ん」
「忘れます。たぶん、忘れ方を、これから考えます」
「俺は」
「言わなくていいです。今しか言えないセリフは、もう使いました」
先輩が私の手を、もう一度だけ握った。短かった。
短さで、これは一回だと両方わかっていることが伝わった。
代わりに、体温だけが残る。そのとき、スマホが震えた。
画面が点く。事務的な光。
山道の夜が、作業予定に引き戻される。先輩が画面を見る。
「あと十分くらいで来るって」
「……はい」
あと十分。さっきまで五十一分もあったのに。
時間というものは本当に信用できない。
私は窓の外を見た。
真っ暗だった。自分の顔がガラスに薄く映っている。
どう見ても、いつもの私だった。髪は多少乱れている。
でも奈美だ。明日になったらまた、大きいパーカーを着て、アニメを見て、ゲームをして、どうでもいい設定について長文を書く。
何も変わらない。たぶん。
「奈美」
「はい」
「……ごめん」
私は先輩を見た。
「謝らないでって言ったじゃないですか」
「でも」
「私がお願いしたんです」
先輩は黙った。
「それに」
私は少し考えてから言った。
「たぶん、一生忘れないので。元は取れました」
「元って何だよ」
龍一先輩が笑った。私も笑った。
この人のこういう笑い方が好きだった。いや。
好きだ。過去形にするには、まだ早かった。
ロードサービスの車が後ろに停まった。黄色い灯りが車内を照らした。
その瞬間、本当に魔法が解けた気がした。作業は十分ほどで終わった。
スペアタイヤに交換してもらい、私たちは遅れて店へ向かった。行きとは違って、帰りの車内ではほとんど話さなかった。
気まずかったわけではない。たぶん、二人とも何を言っても余計になると分かっていた。
コテージへ戻ると、美雪先輩が玄関まで出てきた。
「おかえり。大変だったね、奈美ちゃん」
いつもの笑顔だった。胸が痛んだ。
やっぱり私は、まともな人間ではないのかもしれない。
「すみません、遅くなっちゃって」
「奈美ちゃんが謝ることじゃないでしょ。龍一が工具ちゃんと積んでないのが悪い」
「それは本当に俺が悪い」
二人がいつもの調子で話す。お似合いだった。
私はその二人を見ながら、不思議なくらい静かな気持ちになった。勝ちたいとは思わなかった。
奪いたいとも思わなかった。ただ。
私しか知らない龍一先輩が、一人増えた。それだけで十分だった。
翌朝。帰りの車では、美雪先輩が助手席に座った。 私は後部座席。それが本来の配置なのだと思った。
美雪先輩が龍一先輩に何か言い、龍一先輩が笑う。昨日までなら胸が苦しくなっていたはずなのに、今日は少し違った。
寂しい。でも、終われる気がした。人間の気持ちはファイルを削除するみたいには消えない。それでも、次へ進むための余白くらいはできた。 サースマホを開いたークルのグループチャットに上がっていた、出発前の五人の写真を保存した。龍一先輩個人ではなく、五人の写真を。れでいいと思った。卒業式が終われば、先輩は遠くへ行く。
私はここに残る。次の恋がいつ来るのかは知らない。
ただ一つだけ分かった。私は自分が思っていたより、ずっと真面目で、自分が思っていたより、ずっと不真面目だった。
その両方が私なのだろう。恋愛経験は、相変わらずほぼゼロ。
なのに失恋だけは妙に濃い。人生のステータス配分、絶対どこか間違っている。
私はスマホを閉じた。そして窓の向こうへ流れていく景色を見ながら、次に誰かを好きになる自分を、ほんの少しだけ楽しみにした。