04 / FICTION

SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説

塗り替えてよ

作品から着想を得た、書き下ろし官能小説です。

レビュー対象とは別の人物・設定で書かれた、出演者本人とは無関係の書き下ろし成人フィクションです。

創作であること

この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。

この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。

WRITTEN FOR SLENDER IV.com

一花は、自分が"おとなしい子"に見える理由を知っていた。少しだけ明るく染めた髪、おっとりした目、服は白や淡い色を選ぶ。笑うときに口元を手で隠すのは昔からの癖だったし、声も大きいほうではない。どれも演技ではなかったが、それを見た男が「優しそう」「遊んでなさそう」と勝手に続きを想像することも、その想像を少し利用すれば相手が簡単に踏み込んでくることも知っていた。

周りのイメージとは裏腹に、一花は二十一歳になるまで、告白から始まる恋愛を殆どしたことがなかった。気に入った相手には、視線を長く合わせる。少しボディタッチをする。普通より近い距離感で話をする。そこまでしておけば、あとは相手が誘ってくれた。

体を求められて応じる。早めだった初体験以来、それが恋愛の始まり方だと思っていた。

けれど、俊だけは動かなかった。

同じゼミになって半年。俊は一花が休んだ日の資料を黙って取っておいてくれたし、コーヒーに砂糖を入れないことも覚えていた。雨の日には駅まで傘に入れてくれた。それなのに、一花が肩を寄せても、帰りたくないような顔をしても、俊は「じゃあ、また明日」と穏やかに手を振った。

優しくするくせに、肝心なところだけ何もしてこない。そのたびに一花は、自分が女として見られていないような気がした。

試してみたのは、講義のあとに入った大学近くのカフェだった。俊と二人で座っているところへ、俊と同じサークルの拓也が入ってきた。俊が向かいの椅子を勧め、三人で話すことになった。

拓也はよく笑い、褒めることにためらいがなかった。

「一花ちゃんって、お嬢様っぽいよね。こういう子、大学にいるんだって感じ」

「それ、褒めてる?」

「めちゃくちゃ褒めてる」

一花は笑いながら、横目で俊を見た。俊はストローの包み紙を細く折っているだけだった。

少しくらい嫌な思いをすればいい。自分にアプローチしている女の子が誰かに先に取られるかもしれないと思えば、ようやく動くかもしれない。

「拓也くん、彼女いないの?」

「いないけど」

「じゃあ今度、二人で飲もうよ」

言いながら、一花は拓也の腕に軽く指を置いた。ほんの一秒だったが、見落とすはずのない距離だった。拓也は目を見開いたあと、すぐに笑った。

「行く。いつ空いてる?」

俊は折り終えた紙をテーブルに置き、「いいんじゃない」と言った。

その声に何の揺れも見つけられなくて、一花は引き返せなくなった。

その夜、拓也からメッセージが来た。最初は一度だけ飲めばいいと思っていた。俊の耳に入れば、それで十分だった。だが、俊は何も言わなかった。拓也と飲んだ翌日も、その次の週も、いつもどおり資料の話をし、いつもどおり先に帰った。

一花は二度目の誘いにも応じた。拓也は分かりやすかった。髪を褒め、手を褒め、会いたかったと言った。俊から得られない手応えを、拓也は惜しげもなくくれた。

好きではなかった。それでも、求められていることで、自分の価値が確かめられるような気がした。

三度目に飲んだ夜、拓也が「もう少し一緒にいたい」と言った。

拓也の部屋へ向かう途中で、一度だけ俊の顔が浮かんだ。それでも引き返さなかった。何かありそうなら、俊のことを相談したかったと言えばいいだろう。

そんな言い訳は、部屋のドアが閉まったあとには何の役にも立たなかった。

翌朝、知らない枕の匂いの中で目を覚ましたとき、一花が最初に感じたのは後悔だった。拓也が嫌だったわけではない。昨夜の自分が、あまりにいつもの自分だったことが嫌だった。

「誰にも言わないでね」

服を着ながら言うと、拓也はベッドの上で眉を寄せた。

「なんで?」

「付き合うとか、そういうつもりじゃないから」

「今それ言う?」

一花は返事をせず、部屋を出た。

数日後には、二人が付き合い始めたという話になっていた。拓也が誰かに「まあ、そんな感じ」と答えたらしい。一花は否定しようとしたが、泊まったことまで聞かれれば何も言えなくなる気がして、黙った。

俊の耳に入ったらどうなるだろう。ますます相手にされなくなるだろうか。そんな心配をすればするほど、俊への気持ちは切ないものになっていった。まだ好きだと伝えてもいないのに、まるで恋人を失う時のような痛みすら感じるようになっていた。

今までに経験したことのない恋だった。

俊に呼び止められたのは、ゼミが終わったあとの廊下だった。窓の外では雨が降り始めていた。

「拓也と付き合ったんだって」

俊は笑っていた。けれど、いつもの笑い方ではなかった。

「おめでとう」

「違う」

「何が?」

「付き合ってない」

俊の笑みが消えた。

「でも、泊まったんだろ」

一花は息を止めた。拓也本人から聞いたのだと分かった。

「……泊まった。でも、付き合ってない」

「じゃあ、俺に何を否定してるの」

「俊くんのせいだから」

口にした瞬間、自分でもひどい言葉だと思った。俊の顔が固まる。

「違う。ごめん。俊くんのせいじゃない。私が勝手にやったの。でも、最初に拓也を誘ったのは、俊くんに見せるためだった」

「俺に?」

「やきもち、焼いてほしかった。何をしても全然こっちを見てくれないから」

俊は何も言わなかった。一花はもう止められなかった。

「拓也の部屋に泊まったのは私が悪い。それも認める。でも、本当に好きなのは俊くんなの。ずっと、俊くんに振り向いてほしかった」

告白というものは、もっときれいな言葉でするものだと思っていた。少なくとも他の誰かの部屋に泊まったことを認め、その直後に別の男にすることではないと思う。

最悪の告白だった。

俊はしばらく一花を見ていた。それから、困ったように額へ手を当てた。

「俺も、一花が好きだったよ」

「え?」

「好きだったから、拓也の話を聞いて、確かめに来た」

一花の胸に一瞬だけ喜びが弾けた。けれど、俊は続けた。

「でも、今はよく分からない。俺のことが好きなのに、どうしてあいつの部屋に泊まれるのか。それで本当は俺だって言われても、すぐには信じられない」

俊は一度目を伏せた。

「一花は、誰にでも距離が近いだろ。俺にも笑うし、ほかの男にも笑う。俺だけが特別だと思って、勝手に勘違いするのが怖かった。だから動けなかった。でも拓也には、一花のほうから行った。俺が思ってたこと、やっぱり合ってたのかなって思った」

「違う」

「違うって言われても、今は整理できない。少し考えさせて」

俊が横を通り過ぎようとした。一花は反射的にその手をつかんだ。

「待って。私、本当に好きなの」

「うん」

「拓也のところに泊まったことが気になるなら、今日、俊のところに泊まってもいい。俊が塗り替えてくれればいいから」

俊は、つかまれた手を見た。

「それって、結局、拓也にしたのと同じじゃないの」

「違う」

「何が違うの?」

答えられなかった。

身体を差し出せば、言葉より早く伝わると思った。だが、それこそが今までと同じだと、俊の顔を見て初めて分かった。

「分かんないよ」

声が崩れた。

「どうしたら違うって分かってもらえるのか、分かんない。私、今まで、自分から好きって言ったこともない。誘えば向こうが手を出してきて、それで付き合ってきたから。俊くんにもそれしかできなかった。でも俊くんには効かなくて、だから、さらに間違えた」

目にたまった涙が頬を落ちた。一花は手を放そうとしたが、今度は俊が握り返した。

「……じゃあ、あのときも?」

「え?」

「拓也に、二人で飲もうって言ったとき」

一花は濡れた目のまま俊を見た。

「俺がいたから言ったの?」

「……うん」

「俺がいなかったら?」

「言ってない」

俊は黙った。

一花の手を握ったまま、視線だけを廊下の床へ落とした。

「じゃあ、俺が見てるところで拓也の腕に触ったのも?」

一花は小さくうなずいた。

「俊くんが何か言ってくれるかなって思ってた」

「何かって?」

「直接言わなくっても、嫌そうな顔するとか。あとで、あいつと飲むのって聞いてくるとか……なんでもよかった」

俊が息を吐いた。

「俺、嫌だったよ」

一花が顔を上げた。

「あのとき、すごい嫌だった」

「……だったら、なんで」

「言えるわけないだろ」

少し強くなった声に、一花は黙った。

「付き合ってるわけでもないのに、ほかの男と飲むななんて言えないし。一花が俺にそういう感じなのも……俺だけにやってるのか分からなかったし」

「俊くんだけだった」

「それが分からなかったんだよ」

俊は困ったように笑った。

「一花って、男と話すとき距離近いし。俺にもそうだったから、最初はちょっと期待した。でも見てたら、ほかのやつにも普通に笑うし、触ったりもするし。俺だけ勝手に勘違いして、告白して、何それって言われるの嫌だった」

「言わないよ」

「今なら分かるけど」

俊はそこで言葉を切った。

「でも、拓也の話を聞いたときは、やっぱり俺が勘違いしてたんだと思った」

一花の胸が痛んだ。

俊は何とも思っていなかったわけではなかった。

自分が拓也の腕に触れたあの瞬間も、二人で飲みに行ったことも、俊はちゃんと見ていた。何も起きなかったのではない。自分が望んだとおり、俊は傷ついていた。

「ごめん……」

「だから、謝ってほしいわけじゃないって」

「でも、私……俊くんに嫌な思いさせたかったんだよ」

「そうだけど」

「やきもち焼かせて、焦らせたかった。それで俊くんから来てくれたらって……」

一花は俯いた。

「最低だよね」

「最低っていうか……」

俊は少し考えた。

「めちゃくちゃ遠回りしたなって思う」

一花は泣きながら、少しだけ笑った。

「俊くんが全然来てくれないから」

「俺のせいにするなよ」

「半分くらいは俊くんのせい」

「さっき自分が悪いって言ってたじゃん」

「それはそれ」

俊もほんの少し笑った。

その笑顔を見た途端、一花の涙がまた増えた。

「なんでまた泣くんだよ」

「だって……」

うまく言葉にならなかった。

ずっと欲しかったものが、最初からそこにあった。自分が気づかなかっただけだった。そして、気づかないまま壊しかけた。

「私、何してたんだろ」

俊は答えなかった。

一花が俯くと、握っていた手に少しだけ力を入れた。

それだけで十分だった。

しばらく二人とも何も言わなかった。

廊下の窓を雨粒が流れていた。さっきまでより雨脚が強くなっている。

やがて俊が言った。

「でも、やっぱり今すぐ付き合おうとは言えない」

一花の胸が沈んだ。

「……うん」

「一花が嘘ついてると思ってるわけじゃないよ。今聞いたことも、たぶん本当なんだと思う」

「うん」

「でも、拓也のこともあるし。俺も今、何が嫌なのか、何が気になってるのか、自分でもちゃんと分かってない」

一花は俊の手を見た。

それでも、俊は離していなかった。

「分かった」

今度は一花から手を抜いた。

俊が一瞬、一花を見る。

「今日は帰るね」

「一花」

「大丈夫。ちゃんと考えて。待つから」

言ってしまえば簡単だった。

けれど、本当は待ちたくなかった。今すぐ答えが欲しかった。好きだと言ってほしかった。抱きしめてもらえれば、それだけで全部大丈夫になるような気がした。

それでも、一花は鞄を持った。

これ以上、自分の欲しい答えを俊から引き出そうとするのはやめようと思った。

数歩歩いたところで、

「待って」

俊に呼び止められた。

振り返る。

「このあと、何か予定ある?」

「ないけど」

「俺もない」

「……うん」

俊は窓の外を見た。雨はまだ強かった。

「もうちょっと話さない?」

一花はすぐには返事をしなかった。

「ここで?」

「いや……」

俊が少し迷う。

「うち、この先の駅だから」

一花は俊を見た。

さっき自分から「泊まってもいい」と言ったばかりだった。それを思い出したのか、俊もすぐに付け足した。

「そういう意味じゃないよ」

「……うん」

「俺も、もう少しちゃんと聞きたい。一花のこと」

その言葉が、一花には嬉しかった。

付き合うとは言ってくれない。

拓也のことを許したとも言っていない。

それでも俊は、自分から一花との時間を終わらせないことを選んでくれた。

「行っていいの?」

「だから誘ってる」

一花は小さく笑った。

「じゃあ、行く」

二人で大学を出た。

一本の傘に入ると、以前にも何度かそうしたように一花の肩が俊の腕に触れた。

いつもなら、そこからもう少し寄った。わざと腕を当てたり、俊の反応を確かめたりした。

今日はしなかった。

ただ隣を歩いた。

しばらくして、俊のほうから傘を持っていない手が伸びてきた。

一花の指に触れ、一度迷うように止まってから、その手を握った。

一花は何も言わず、握り返した。

俊の部屋は、大学から二駅離れた古いマンションにあった。

傘に入りきらなくて濡れた服を壁にかけ、二人で床に座った。俊が淹れた紅茶は熱すぎて、しばらく誰も口をつけなかった。

「……なんか変な感じ」

一花が言った。

「何が?」

「俊くんの部屋にいるの」

「俺も」

「女の子、よく来る?」

「来ないよ」

「本当に?」

「こういうときだけ俺のこと疑うなよ」

一花は少し笑った。

その笑いが消えるまで待ってから、俊が言った。

「びっくりした」

「今日のこと?」

「全部」

「私も。俊くんが私を好きだなんて、全然分からなかった」

「分かられないようにしてたから」

「なんで?」

「さっき言っただろ。俺だけその気になってるって思われるのが嫌だった」

一花はカップを両手で包んだ。

「私も同じだったのかも」

「何が?」

「俊くんにだけは、断られるのが怖かった」

ほかの男なら、少し近づけば向こうから来た。

だから怖くなかった。

俊にだけは、それが通じなかった。

通じないから、本当のことを言わなければならなかったのに、それができなくて、別の男を使った。

「……ほんと、馬鹿だな、私」

「俺も似たようなもんだよ」

「俊くんは拓也と寝てないじゃん」

「寝るかよ」

一花が吹き出した。

俊も笑った。

けれど、その笑いが消えたあと、また沈黙が来た。

今度の沈黙は、さっきまでとは違った。

俊が何かを聞こうとしているのが分かった。

一花は待った。

やがて俊がカップを置いた。

「一個、聞いていい?」

「うん」

俊は一花を見た。

「拓也のところに泊まったってことは……」

一度、言葉が止まった。

「そういうこと、したんだよね」

一花はすぐには答えられなかった。

ここで誤魔化せば、今夜はきっと楽になる。

けれど、あとで知られるほうがもっと嫌だった。

一花は俊から目を逸らさず、小さくうなずいた。

「……した」

俊は「そっか」とだけ言った。

想像はしていたはずなのに、その顔から明らかに何かが落ちた。

一花は、その横顔を見つめた。

胸が痛んだ。

けれど同時に、初めてはっきり分かった。

俊は、本当に自分を好きなのだ。

だから、こんな顔をする。

一花はカップを置いた。

今度は何かを仕掛けるためではなかった。

ただ、その顔をしている俊を放っておけなかった。

俊の前へ膝で近づき、そっと頬に触れた。

「……ごめん」

俊が一花を見る。

その目を見たまま、一花はゆっくり顔を近づけた。

その目を見たまま、一花はゆっくり顔を近づけた。

唇が触れた瞬間、俊はわずかに息を止めた。拒む力は入っていなかった。ただ、どこか戸惑うように、一花の肩に置かれた手が固いままだった。一花は目を閉じ、その固さをそのまま受け止めた。焦らなかった。唇を重ねたまま、少しだけ動かした。熱い吐息が混じる。俊の唇は乾いていて、紅茶の匂いが残っていた。

「……一花」

名前を呼ばれて、一花は一度離れた。額を合わせたまま、目を開けた。俊の目は揺れていた。怒りでも嫌悪でもなく、整理のつかないまま流されていく男の顔だった。一花はそれが、ひどく愛おしかった。

「逃げないで」

声は小さかった。お願いというより、確認に近かった。俊は答えなかった。代わりに、一花の頬に触れていた指が、ゆっくり動いた。耳の下まで辿って、髪をかき上げる。その仕草だけで、一花の背中に熱が走った。

二度目のキスは、さっきより深かった。俊のほうから口を開いた。舌先が触れたとき、一花は喉の奥で小さく鳴いた。自分から誘ったはずなのに、受け取る側になった瞬間、身体のほうが先に素直になった。胸の奥がきゅっと締まる。拓也の部屋では感じなかった種類の締めつけだった。あそこでは、自分が何をしているのかを確かめる余裕すらなかった。今は違う。今は、全部感じている。

服は、急がずに脱いだ。一花が先にブラウスのボタンを外し、俊の手がそれを手伝う。指先が鎖骨に触れるたび、一花の呼吸が乱れた。ブラを外すとき、俊は一瞬視線を逸らした。一花は笑わなかった。その迷いごと抱きしめたかった。

「見て」

小さな声で言うと、俊はゆっくり戻してきた。一花の胸は大きくはない。それでも、冷えた空気に触れて先端がすでに固くなっていた。俊の指がそこに触れた瞬間、一花は肩をすくめた。痛いわけではない。優しすぎて、かえって敏感に響いた。

「ん……」

声が漏れる。俊の指は慎重だった。円を描くように、時々つまむように。拓也はもっと雑だった。褒めながら、急いで、所有するように触った。今の俊は、触れていること自体を確かめているみたいだった。その差が、一花の内側を熱くした。

「気持ちいい」

正直に言った。嘘をつく必要がなかった。俊の耳が赤くなるのが見えた。一花は膝をついたまま、俊のシャツの裾に手を入れた。腹の皮膚は熱く、少し緊張で硬かった。ベルトに指をかけて、目を上げる。

「いい?」

俊は小さくうなずいた。そのうなずきが、一花には何より欲しかったものだった。許可ではなく、受け入れだった。

床に座ったまま向かい合う形は、どこか不格好だった。一花はそれを気にしなかった。俊のものを手で包み、俊は低く息を吐いた。熱く、すでに硬くなっている。一花は上下にゆっくり動かした。掌の感触と、俊の表情の変化だけを見ていた。

「一花……」

「ん」

「ちょっと待って」

待たなかった。代わりに一花は身を乗り出し、もう一度キスをした。手は止めない。唇と手が同時に動くと、俊の腰がわずかに浮いた。その反応が嬉しい。自分から求めて、相手が応じてくれる。今まで欲しくて得られなかったものが、ここにある。

やがて俊の手が、一花の腿の内側を辿った。指先が濡れた場所に触れたとき、一花は小さく震えた。恥ずかしい。

「こんなに……」

俊の声が掠れる。一花は目を逸らさず、首を縦に振った。

「俊くんのせい」

指が中に入る。一本。ゆっくり。一花は歯を噛んで声を抑えた。抑えきれずに漏れたものは、甘い吐息になった。俊の指は、探るように動いた。場所を確かめて、浅く、それから少し深く。一花の腰が、勝手にそれに合わせた。

そのときだった。

「……拓也とは、どんなことをしたの」

指は止まらなかった。声だけが、静かだった。一花の身体が、一瞬強張った。答えなくていいと思った。答えなければ、この熱は壊れない。でも、目の前の俊は、本当に知りたがっていた。嫉妬と、確認と、どうしても消化できない何かが混ざった目をしていた。

一花は唇を噛んだ。

「……言いたくない」

「分かってる」

「なのに聞くの」

「聞かないと、無理だと思う」

指が、ゆっくり曲がった。一花の喉から、弱い声が落ちた。身体は正直だった。聞かれていることと、触れられていることが同時に来ると、内側がきゅっと熱を持った。背徳、という言葉が頭をよぎる。好きな男の前で、別の男としたことを話す。普通なら沈むはずの話が、今は下腹部を疼かせた。

「キスは、した」

小さな声だった。

「でも、こんなに長くはしてない。舌も、あんまり……」

俊の指が深く入った。一花は肩を震わせた。

「胸も、触られた。服の上から。脱がされてからも」

「どう触られた」

「雑だった。自分のものみたいに」

一花は自分の言葉に、自分で熱くなった。言っている自分が最低だと思った。それでも止められなかった。俊の目が細くなるたび、下の奥が脈を打った。

「指入れられた?」

一花は目を閉じかけ、やめにした。見られたまま言いたかった。

「うん。…んっ…でも、あまり覚えてない。酔ってたし、確かめたかっただけだった…から」

俊の呼吸が乱れた。指が抜けて、代わりに太いものが太腿に当たった。一花は自ら膝を開いた。

「こんなことはしてない」

「……そうか」

「うん。してない」

一花は俊の首に腕を回した。額を寄せて、熱い息を吐いた。

「俊くんのほうが、気持ちいい」

その言葉を口にした瞬間、自分の中がきゅっと締まった。比較することの下品さに、かえって身体が反応した。俊も同じだったのか、押し当ててきたものが熱を増した。

「入れて」

一花から言った。

「今日、俊くんが欲しい」

俊は一度、一花の目を見た。それからうなずいて、腰を寄せた。先端が入口に触れたとき、一花は小さく鳴いた。入ってくる感覚は、拓也のときより明確だった。痛い、というほどではない。ただ、奥まで届く前から、内側が熱を持って待っていた。

ゆっくり入ってくる。一花の爪が俊の背に浅く立った。全部入ったとき、その快楽のあまり二人とも動けなかった。脈だけが伝わってくる。一花は息を整えながら、俊の耳元で言った。

「これ、してない」

「何が」

「向かい合って、目を見て入れられること。してない」

俊が腰を引いて、再び入れた。浅い動き。一花の声が、吐息に混じった。

「深いのも、あんまり。拓也は急いでた。私の顔も、あまり見てなかった」

「今は見てる」

「分かってる。だから……んっ」

優しい突きが入るたびに、一花の中が絡みついた。快感は、最初から強かった。強く刺激されていないのに、芯のところが熱い。身体が覚えているはずの行為なのに、中身が違った。相手が違う。見られている。好きだと言われた人に、今、抱かれている。

「これもして」

一花が腰をわずかに浮かせた。

「もっと奥。さっきより」

俊は応じた。角度が変わると、一花の背が反った。声が裏返る。手で口を覆いかけ、やめた。隠さなくていい部屋だった。

「あ、そこ……っ」

「ここ?気持ちいいの?」

「うん。拓也は…こんなに…んっ」

言っている自分が、自分で分からなくなった。こんな話をしながら腰を動かしている。最低だ。なのに、話すたびに中が締まる。俊のものが熱く膨らむのも分かった。このやりとりを、俊も拒否していない。拒否できないほど、二人とも汚れた場所に足を踏み入れている。

動きは激しくならなかった。速いのではなく、深い。抜ける寸前まで引いて、ゆっくり戻す。そのたびに一花の内側が音を立てた。恥ずかしい水音。一花は耳まで赤くなりながら、枕に顔を埋めた。

「んっ、んぁ……俊くん」

「一花」

「好き。本当に好き。こういうの、したことない」

「バック…拓也としたんでしょ?」

「違う。好きな人に、本音を言いながらされること」

腰が当たる。一花の胸を俊の手が握る。乳首が擦れて、電流が走った。一花は自分の手で拓也の手の上から刺激した。

「触って。もっと強くていい」

俊の手が乳房を潰す。指が先端をつまむ。痛いほどではない。芯を掴まれるような強さ。一花の声が、甘く崩れた。下も同時に締まった。俊が低く呻く。

「締まって……」

「だって、聞いてくるから。拓也のこと、聞きながらされるの、嫌なのに……気持ちいい…あぁ…はっ」

一花は自分の言葉に、さらに熱くなった。異常だと分かっている。分かったうえで、自分から腰を動かした。肉棒を擦り上げる。俊のものを奥で咥えたまま、浅く小刻みに。快感が、下腹部の奥から腿の裏まで広がった。まだいきたくなかった。このまま、もうちょっと、この会話の中に浸っていたかった。

「拓也の時はイッたの?」

俊の声が、耳の後ろで震えた。

「イってない」

「でも気持ちは良かった?」

質問の仕方に、一花は目を細めた。嫌な言い方ではなかった。確認だった。

「イかせてほしい。俊くんのがいい。俊くんなら……中で出してもいい」

言った直後、自分の顔が熱くなった。こんなこと、普通は言わない。なのに身体は、その言葉に反応して奥を痙攣させた。俊の動きが、わずかに強くなった。まだ乱暴ではない。ただ、先を急ぐ男の熱が混ざった。

「一花がいいなら」

「いい。出して。その前に、私を……っ」

一花の手が、自分の下腹に回った。指先が、繋がっている場所の上、小さな核に触れた。自分で擦る。恥ずかしいのに、止められなかった。俊に見られている。見られながら自分で快感を足している。その事実が、さらに背徳を濃くした。

「んぁ、あ……もう…ダメ…ぃく…イっちゃう」

「こっちで」

俊が一花を仰向けにし、少し乱暴に挿れなおす。一花の目が熱く潤んでいた。俊も同じだった。苦しそうで、欲しそうで、それでも一花から目を離さない。

突きが深くなった。仰向けになってもなお自らのクリトリスを触り続ける一花の指も激しくなる。内外から同時に責められる感覚に、腰が勝手に跳ねた。声が連続する。言葉にならない声。名前だけが、途切れ途切れに出た。

「俊、くん……俊くんっ」

「一花、いくよ」

「一緒に。待って、待って、もうちょっと……あっ、そこ、そこだめ、あんっ」

だめ、と言いながら身体はそれを求めた。一番奥を擦られるたび、視界の端が白くなった。下腹の芯が、熱い塊になって持ち上がる。逃げられない。一花は俊の背に腕を回し、爪を立てずに、ただ強く抱きついた。

絶頂は、一気には来なかった。波のように、奥から押し上げてきた。最初の収縮で声が止まった。次の収縮で、つま先がつった。三度目で、一花の中が俊のものを強く咥えた。その締めつけの中で、俊も腰を深く埋めた。熱いものが、一段大きくなった瞬間、俊はそれを抜いた。残る感覚が、今までのどの経験とも違った。自らの指もすぐには離せなかった。一花は口を開けたまま、短い悲鳴のような声を漏らした。身体が何度も小さく跳ねた。終わるはずの快感が、熱に押されて、もう一度内側を駆け上がった。

「んっ……まだ、あ……」

余韻の痙攣が、しばらく続いた。俊はそのまま、一花の上で呼吸を整えていた。重い。熱い。それなのに、離れたくなかった。一花は腕の力を緩めず、俊の髪に指を入れた。

しばらくして俊が横に倒れ、一花を腕の中に引き寄せた。二人とも汗ばんで、胸がくっついたまま上下していた。

俊の手が、事後の一花の胸に軽く乗った。愛撫というより、確認だった。先端を指の腹で撫でる。敏感になった場所が小さく痙攣する。一花も手を伸ばし、俊の下腹部、まだ熱を残したものを優しく包んだ。触れ合うだけの距離。挿入のあとなのに、性器同士が近くにあることが、妙に落ち着いた。

「……大丈夫?」

俊の声は低かった。一花は鼻先を俊の鎖骨に付けたまま、うなずいた。

「うん。めちゃ気持ちよかった」

「話、しすぎたかな」

「しすぎた。最低だった」

一花は小さく笑った。笑った拍子に、中から熱が垂れた。恥ずかしいのに、隠さなかった。

「でも、あれでよかった。隠したまま抱かれるほうが、怖かった」

俊の指が、一花の腹をゆっくり撫でた。まだ精液が残ったままのそこを、へそから下へ。さらにまだ濡れた場所に触れて、優しく円を描く。刺激というより、鎮めるような触れ方。一花は目を細めた。

「ん……そこ、まだ弱い」

「弱いなら、止める」

「止めないで。このままがいい」

部屋のどこかで、雨の音がしていた。大学を出たときの雨より、遠かった。窓の外はもう、ただの夜になっていた。一花は俊の胸に耳を当てた。心臓の音が、まだ速かった。自分の心臓も同じだった。重なる音を聞きながら、一花は目を閉じた。

もちろん後悔は、来なかった。

拓也の部屋で目を覚ました朝とは、まったく違った。あのときは、いつもの自分が嫌だった。今日は、いつもの自分を、やっと正しい場所に置いた感じがした。遠回りをした。人を傷つけた。自分でも自分が汚いと思った。それでも、今、腕の中にある熱は本物だった。

「俊くん」

「ん」

「好き」

「分かってる」

「付き合う、まだ言わないんでしょ」

俊は少し黙った。一花の髪を撫でる手が、止まらなかった。

「今すぐとは言わない。でも、これは嘘じゃない」

「どれ」

「一花が好きなこと。今、こうしてることが、幸せなこと」

一花は目を開けた。天井の染みを見て、それから俊の顎を見た。まだ赤みが残っている。一花はその頬に、もう一度唇を寄せた。性欲ではなかった。残った熱を、そこに置いておくためのキスだった。

「じゃあ、待つ」

「待たせるつもり、あまりないけど」

「それでも待つ。今度は、勝手に動かない」

俊が小さく笑った。笑いながら、一花の胸に顔を埋めた。吐息が皮膚に当たる。一花は髪を梳き、もう片方の手で俊のものを、熱の残るままそっと撫でた。触れられている安心と、触っている安心が、同じ温度で重なった。

幸せは、派手な形では来なかった。

ただ、雨の音と、肌の熱と、まだ中に残っている感覚と、隣で呼吸している人が、全部自分の側にあるという静かな確かさだった。一花はそれを、目を閉じたまま胸の奥にしまっていた。もう一度壊さないように。今度こそ、自分の欲しいものを、正しい場所から取りにいけるように。