04 / FICTION

SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説

マスクの外で

歯科衛生士が、二番目の夜から離れるまで

歯科衛生士の香澄は、二番目の関係を抱えたまま、医院の外で患者だった斎藤と再会する。答えを出せない夜の先で、彼女は自分の選択を見つめ直す。

創作であること

この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。

この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。

WRITTEN FOR SLENDER IV.com

香澄は診療台の横で、ゴム手袋を一枚ずつ丁寧に剥がした。指先に残るパウダーの感触を、無意識に親指でこすり合わせる。待合室の壁時計を斜めに見やる。午後の予約はあと二人。そのうちの一人が、院長の妻だった。

呼ばれるまで雑誌を静かにめくっている人だった。薄い色のブラウスを乱れなく着て、膝を揃えている。誰かを疑うような鋭さも、家庭が軋んでいるような疲労も、そこにない。ただ、穏やかに、そこにいる。

その穏やかさが、香澄の胸をひどく締めつけた。

先生との関係には、最初から名前がなかった。仕事が終わった後の相談。弱っているように見えた彼を、放っておけなかっただけだと思っていた。その夜、彼の指が香澄の髪に触れたとき、彼女は拒まなかった。拒む理由を、自分の中でうまく見つけられなかった。それから何度か、診療が終わった後の薄暗い部屋で、体温を重ねた。

先生は妻を悪く言わなかった。家庭を捨てるような言葉も、一度も口にしなかった。だから香澄は、自分が特別な存在ではないことを知っていた。それでも、彼の指が自分の唇に触れたとき、胸の奥が熱く疼くのを止められなかった。

なのに、今、待合室にいるのは、その「本命」の人だ。

香澄は、先生の妻を憎むことができなかった。憎むほどの材料が、どこにもない。むしろ、あんなふうに静かに座っていられることが、理不尽だった。自分は隠れて会っている。息を殺して、時間を盗んでいる。それなのに相手の妻は、何も知らない顔で、雑誌のページをめくっている。その事実が、香澄の中で小さな棘のように残り、呼吸のたびに引っかかった。

「次、お願いします」

受付の声に、香澄は顔を上げた。

入ってきたのは斎藤だった。三十前後。定期検診で何度か担当した患者だ。話しかければきちんと返すけれど、自分からは多くを語らない。落ち着いた目をしていて、香澄は以前から、こういう人とマスク以外で会えたら、と思ったことがある。もちろん、誰にも言わない。

「お待たせしました。今日は定期検診ですね」

いつもの言葉を口にしながら、エプロンの紐を結び直す。動作ひとつひとつが、いつもより慎重になっていた。ライトの角度を何度も確かめ、ミラーの位置を微調整し、前回の記録と照らし合わせる。

自分でもわかるほど、時間をかけていた。

斎藤の口の中を覗き込みながら、香澄は意識的に手を遅くした。スケーラーの先端を歯茎の境目に沿わせるとき、指先に伝わる微かな振動を、いつもより長く味わうように動かす。唾液が器具に絡む感触を、急いで拭き取らず、一度、二度と、丁寧にガーゼで押さえる。そのたびに、自分の指が彼の唇の端に触れた。意図的に、ではない。しかし、避けることもしていなかった。

ライトを少し傾けるために身を乗り出すと、自分の胸元が彼の視界に入る位置になる。白衣の襟元から覗く鎖骨の線。普段なら気にしない角度を、今日は少しだけ、意識して作っていた。

待合室にいる先生の妻の顔が、頭の片隅でチラつく。

あの人は、何も知らない。 私は、知っている。 知っているのに、こうしている。

その事実が、妙に体の奥を熱くした。先生への想いも、妻の静かな横顔も、今この瞬間だけは、斎藤の口の中に集中することで、押し退けられる気がした。仕事の手つきに、自分の苛立ちと、少しの欲望を混ぜる。それだけで、胸のつかえがわずかに軽くなる。

斎藤は途中で一度、目を細めたが、何も言わなかった。香澄も、何も言わなかった。ただ、いつもより長く、彼の歯茎を丁寧に撫でるように器具を動かした。

診療を終えたあと、斎藤が去ると、急に自分がしたことが幼く思えた。彼に何かをしたわけではない。ただ、普段なら持ち込まない感情を、仕事の手つきに混ぜてしまっただけだった。それでも、指先に残る彼の唇の温度が、なかなか消えなかった。

仕事を終えると、駅前で好きなパスタを一人で食べた。それでも胸の奥の重さは晴れず、帰る途中で小さなバーに足を向けた。

カウンターの端に座り、白ワインを頼む。二杯目をどうするか迷っていたとき、少し離れた席に見覚えのある横顔を見つけた。

斎藤だった。

彼はすぐには香澄に気づかなかった。歯科医院では彼女はいつもマスクをしている。髪もまとめ、患者は診療台から彼女をじっくり見ることはない。その事実が、なぜか少しだけ楽しかった。

「斎藤さん」

呼ぶと、彼は驚いたように顔を上げた。

「……あれ。ひょっとして、歯医者さんの?」

「歯科衛生士の三上です。昼間は失礼しました」

「失礼って。むしろ……」

斎藤は少し言葉を選び、隣の空いた席を目で示した。香澄は少し迷ってから、グラスを持ってそちらへ移った。

医院の外で向かい合うと、彼はただの患者ではなくなった。斎藤もまた、彼女を制服とマスクの一部ではなく、一人の女として見ているように思えた。会話は思ったより続いた。仕事のこと、休日の過ごし方、苦手な食べ物。斎藤は、香澄が昼間よりよく笑うことを、不思議そうに、しかし静かに見つめていた。

三杯目の前で、彼が言った。

「何かありました?」

香澄はグラスの脚を指でなぞった。指先が少し湿っている。

「分かりました?」

「少しだけ。いつもと違う感じがしてたから。丁寧というか……何か」

隠しておくべきことだと思った。けれど先生の妻の、あの静かな横顔が、まだ頭から離れなかった。

香澄は、先生と関係を持っていることを話した。彼が既婚者であること。自分が本命になれないと知っていること。今日、妻が来ていたこと。そして、その苛立ちを昼間の自分が持て余していたことも。

「……だから、ちょっと、変なことをしてしまいました」

そう告白すると、自分でも意外なほど、声が落ち着いていた。

斎藤は途中で遮らなかった。ただ、静かに聞いていた。

「バカみたいですよね」

香澄が言うと、彼はすぐには頷かなかった。

「というか、ずっと一人で片づけようとしてきたんじゃないですか」

その言葉に、香澄は目を伏せた。胸の奥が、熱く、そして少し痛んだ。先生に言ってほしかったのは、たぶんこういう言葉だったのかもしれない。困っていることを、ちゃんと見つけてもらいたかった。

店を出た後も、二人はすぐには別れなかった。夜風のある通りを歩き、斎藤は香澄の歩幅に合わせた。肩が触れそうになる距離を、どちらも無理に広げようとはしなかった。

「別に、答えを出さなくていいと思います」

彼は静かに言った。

「でも、今日もし三上さんが一人で帰りたくないなら、もう少し一緒にいます」

香澄は立ち止まった。先生への気持ちを消せたわけではない。それでも、斎藤といるときの自分は、誰かの二番目でいることを、いったん忘れられた。

「……一緒にいてほしい」

言ったのは、香澄だった。

ホテルの部屋のドアが閉まった瞬間、空気が変わった。

斎藤は香澄の髪を指でそっとすくった。その後で髪が肩に落ちる感触に、彼女は小さく息を吐いた。次に、ブラウスのボタンを一つずつ外していく。指先が鎖骨に触れたとき、香澄の肌が微かに震えた。

「……触っていい?」

斎藤が低く尋ねる。香澄は頷いた。声が出なかった。

彼の掌が、肩から腕へ、そして脇の下を通って肋骨のあたりをゆっくり撫でた。丁寧で、しかし確実な熱。香澄は目を閉じた。胸の奥で、何かがほどかれていく音がした。

待合室に座っていた先生の妻の顔が、一瞬、脳裏をよぎる。 あんなに静かで、何も知らない顔。 そして自分は、その人の旦那に触れられた身体を、こうして別の男に触れられている。

その対比が、妙に体を熱くした。先生への想いを振り払いたくて、妻の穏やかな横顔を頭から追い出したくて、香澄は斎藤の手に、自分から身を預けた。

斎藤は彼女をベッドに座らせ、自分も隣に腰を下ろした。キスは、浅かった。唇が重なるだけ。それでも香澄の呼吸は乱れ、彼のシャツの前を掴んでしまう。二度目のキスで、斎藤の舌が彼女の唇を丁寧に押し分けた。甘いワインの残り香と、彼の体温が混じる。

服が少しずつ床に落ちていく。ブラジャーのホックが外れた瞬間、香澄は小さく身を強ばらせた。斎藤はすぐに気づき、動きを止めた。

「……少し、恥ずかしい」

「恥ずかしいまま、触らせて」

その言葉に、香澄の腿の内側が熱くなった。斎藤は彼女の乳房を両手で包み、親指で先端をゆっくり円を描くように撫でた。吐息が漏れる。抑えようとしても、抑えきれない。

斎藤の口が、喉から鎖骨へ、そして乳房の頂へと降りていく。舌が乳首を優しく撫でた瞬間、香澄の指がシーツを掴む。彼は急がず、時間をかけて刺激を重ねた。疼きが下腹部に集まり、太ももが自然と開いていく。

「……斎藤さん」

斎藤の指が、ゆっくりと腿の内側を滑り、下着の端に触れた。湿り気を感じ取った彼の指が、布越しに敏感な部分を優しく圧する。香澄は息を詰まらせ、腰をわずかに動かした。あの人への想いを秘めたまま、他の男に自分から求めてしまう感覚に、恥ずかしさと、それでも止まらない熱が混じる。

斎藤の指が、すでに熱く湿った割れ目を慎重に探り、ゆっくりと中へ入ってくる。一本、二本。内側を優しくかき混ぜる動きに、香澄の体は素直に反応した。甘い蜜が指に絡み、淫音が静かに部屋に響く。

「三上さん……熱い」

その言葉が、さらに彼女自身を昂ぶらせた。斎藤は指を抜き、自分の硬くなったものを、彼女の入口に当てた。先端がぬるりと滑る感触に、香澄は小さく喘いだ。

「入れるよ」

彼はゆっくりと腰を進め、少しずつ中へ沈んでいく。隙間を押し広げられる感覚に、香澄は息を止めた。根元まで埋まったとき、二人とも動かずに、ただ呼吸を合わせた。

斎藤は深く沈めたまま、奥を突く。ゆっくりとした動きの中で、香澄の内側は彼を締めつけ、離したくないと訴えるように脈打った。奥の敏感な部分が圧迫されて、深い刺激が走る。

先生の顔が、ふと脳裏をよぎった。 妻の、静かな横顔も。

その二つの影を振り払うように、香澄は腰をわずかに動かし、自分から彼のものを味わった。

「……あっ……ここ……」

声が漏れる。斎藤はそこを重点的に、しかし丁寧に突いた。香澄の中に快感が積み重なり、視界が霞む。

熱いものが溢れ出す。彼女は叫ぶように声を出し、すぐに声を押し殺すように彼の胸に顔を押し付けた。

余韻の中でも、あの人の顔はまだ消えてくれなかった。

眠りかけた斎藤の横で、香澄は天井を見上げた。嬉しさも、悔しさも、安堵も、自分への情けなさも、どれか一つだけではなかった。体はまだ熱く、今起こった現実を告げていた。

翌朝、洗面台の鏡の前で髪を整えながら、香澄は決めた。

次の定期検診では、斎藤の担当から外してもらう手配をする。今夜のことを、診療室の中へ持ち込まないために。

それが先生との関係を終わらせるきっかけになるのかは、まだ分からない。

鏡の中の自分は、少しだけ疲れていて、それでも以前よりまっすぐ、彼女を見返していた。