SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説
撮るふり
恋人との撮影会ごっこが残した、次の仕事への不安
カメラを向けるふりから始まった時間のなかで、彼女が最後に選んだものは……。
この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。
この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。
WRITTEN FOR SLENDER IV.com
保育園の最後の子どもを見送ったあと、紗季はロッカーの前で肩を回した。
「今日は、きりん組がずっと雨だった」
夕食のテーブルでそう言うと、向かいの直人は笑った。
「雨だったのは空じゃなくて、機嫌だね?」
「両方。長靴で水たまりに入りたい子と、絶対に濡れたくない子が同時に泣くの。世界は複雑だよ」
紗季は箸を置き、冷めかけた味噌汁を飲んだ。仕事の話をするときの彼女は、どこにでもいる二十六歳の保育士だった。声を荒らげず、少しだけ皮肉を混ぜ、最後には自分で笑う。
夕食のあと、直人は棚の上に置かれた小さなカメラを手に取った。
「これ、撮影会で使うの?」
「いや、それは私の。タイマーでポーズを確認したりするために買ったの」
紗季は月に数回、事務所を通じて個人撮影会のモデルをしていた。条件と相手のプロフィールを確認し、無理のない仕事だけを受ける。衣装を着て、決められた時間に写真を撮られる。それだけの副業だった。
「撮られる前に、自分で練習するんだ」
「練習っていうほどじゃないよ。変な姿勢になってないか見るだけ」
「どんなふうに撮るんだろう」
「普通。立って、座って、窓を見る。笑ってくださいって言われたら笑う」
直人はカメラを構えた。
「ちょっとやってみせてよ」
紗季は呆れた顔をした。
「家で?」
「俺がカメラマン。練習になるかもしれない」
「絶対ならない」
そう言いながら、彼女は窓の前に立った。薄いカーディガンの裾を整え、いつものように背筋を伸ばす。
「こんな感じ。まず、普通に立つ」
シャッターの音がした。
「次は?」
「少し横を向く」
紗季は説明しながら肩を引いた。それだけの動きなのに、直人は一瞬、言葉を失った。仕事のための顔をしているわけではない。いつもの紗季が、ただ姿勢を変えただけだった。
「どうしたの」
「いや。思ったより、それっぽい」
「本当?」
「本当」
「あなたに見せるためにしてるからかな?」
その言い方が可笑しくて、二人は笑った。
直人は調子に乗り、ソファのクッションを持ってきた。
「これを持って、もう少し自然に」
「注文が雑」
「カメラマンは雑なものです」
紗季はクッションを抱え、嫌そうな顔を作ってから、すぐに吹き出した。笑い終えたあと、前髪を耳にかける。その仕草だけが、さっきまでの冗談と違う時間を連れてきた。
直人は、カメラを下ろさなかった。
「今の、もう一回」
「何が」
「今の顔」
「顔まで注文するの?」
「する。もう一回見たい」
紗季は少し困ったように笑った。彼がふざけていることは分かっている。けれど、直人の声はさっきより低かった。撮られることには慣れているはずなのに、その声を聞いた途端、彼女はどこに手を置けばいいのか分からなくなった。
「こんなふう?」
彼女はもう一度、髪を耳にかけた。
直人はシャッターを切った。ひどく真剣な顔をしていた。
「もう少し、こっちを見て」
「直人、楽しみすぎじゃない?」
「ある意味、楽しい」
即答だった。
紗季は笑おうとしたが、うまくできなかった。普段の撮影会では、言われたことを仕事として受け止める。相手が何を期待しているかを考え、時間のなかで必要なポーズを返す。そのことに、特別な気持ちは持たない。
でも今、直人の視線には、違う熱があったから。
「座ってみて」
「また注文」
「嫌ならいい」
その一言で、紗季はかえって座ってしまった。ソファの端に腰掛け、クッションを膝に置く。直人は近づき、画角を確認するように少し屈んだ。
「そのまま」
シャッター音の直後、彼の指がクッションの角に触れた。整えるだけの、短い接触だったはずなのに、紗季は息を止めた。
「ごめん」
直人が言った。
「何が」
「なんか、思ってたより駄目かも」
「駄目って?」
彼は答えず、カメラをテーブルに置いた。それから、紗季の手を取った。さっきまでレンズ越しに見ていた相手が、急に近くなった。
「紗季がこんなことするの、俺が見るのは変かなって思った」
「変じゃないよ。恋人なんだから。むしろ変なのはあっち」
口にしてから、紗季自身が驚いた。いつもなら、仕事と恋人の時間はきれいに分けて考えている。なのに今は、仕事で覚えた動きが、ただの遊びに戻らない。
突然に直人が彼女の頬に触れた。紗季は目を閉じかけて、また開いた。
「カメラ、消して」
「撮ってない」
「そうじゃなくて」
直人は頷き、電源を落とした。
二人はもう撮影会ごっこの続きをしていなかった。直人は、先ほどまでの冗談が嘘のように慎重だった。それでも、紗季を近くに引き寄せる腕には隠せない熱があった。
紗季は、それを拒まなかった。
むしろ自分から直人のシャツをつかみ、離れないようにした。撮られる側として長く保ってきた距離が、相手が直人とはいえ自分から崩れていくことに、言葉にできない興奮があった。
直人の唇が紗季の額から頰へ、そして口元へ滑る。最初は軽く、ふざけ半分のキスだったのに、紗季が応じるとすぐに深くなった。彼女の指が彼の背中を辿り、シャツの裾を探る。直人は低く笑いながら、カーディガンのボタンを一つずつ外した。
「練習、続きする?」
「馬鹿」
紗季はそう言いながらも、声が少し掠れていた。直人の手が腰に回り、薄い生地の下の体温を確かめるように撫でる。ソファのクッションが床に落ち、二人はより密着した。紗季の息が乱れるたび、直人は「いい?」と囁き、彼女は頷いて彼の首筋に唇を寄せた。
ふざけていたはずの空気が、熱を帯びていく。直人が紗季の腿に触れ、彼女が自ら脚を開くように体を預ける。いつもより大胆な自分の仕草と、いつもよりも少し激しい指先の動きに、紗季は小さく声を漏らした。直人も同じように息を荒くし、彼女の耳元で名前を呼ぶ。ふざけ合いながら、ただ互いの反応を楽しむように、ゆっくりと、しかし確実に深く絡み合った。
お互いに焦らし合うように寸前を楽しみ、紗季は直人の肩をいたずらに引っ掻く。それでも彼の動きに合わせて体が揺れ、快感が波のように広がる。いつもより長く、丁寧に、興奮を重ねていく。絶頂に近づくと紗季は彼の背中を抱き締め、声を抑えきれずに吐息を重ねた。直人も同じように、彼女の中で熱を解き放つ瞬間まで、互いを見つめ、笑い合い、純粋にいつもと違う快楽を味わった。
「いっ…く」
紗季の声を合図にするように、お互い限界まで強く抱きしめ合った。
二人はしばらく抱き合ったまま息を整えた。直人が何度も「大丈夫だった?」と尋ねるたび、紗季は少し笑って頷いた。自分でも、なぜそんなに胸が高鳴っているのか分からなかった。
帰り際、直人が玄関で言った。
「本当の撮影会でも、あんなふうに急に違う顔になるの?」
紗季は靴を履きかけたまま、振り返った。
「変わらないよ。ちゃんと仕事だから」
言い切ったあとで、彼女は少しだけ笑った。
「次は、ちゃんとした写真にしてよ」
「さっきのは?」
「あれは練習。今夜だけ」
直人は安心したように笑い、紗季の額に軽く口づけた。
駅へ向かう途中、紗季は、今夜のことは言葉にしないでおこうと思った。直人を不安にさせる必要はない。撮影会では、条件も時間も最初から決まっている。これまで変な要求をされたこともないし、もしあったとしても断ればいい。
そう考え直すと、胸の奥のざわつきは少しだけ遠のいた。
それでも、体の奥には、さっきまで直人と重なっていた熱の余韻が、甘く残っていた。純粋に楽しんだはずなのに、脚の内側や腰のあたりに、まだ彼の感触が残っている。次の撮影日を知らせる事務所からのメッセージを開いたとき、紗季はすぐに返信できなかった。窓の前でカーディガンの裾を整えた自分と、直人が低い声で「もう少し」と言ったときの熱が、ほんの一瞬だけ重なった。そしてその熱の先に、今夜の最後の余韻が、静かに、しかし確かに残っていた。
画面の通知は、静かな夜のなかで白く光っていた。