SLENDER IV.com / 書き下ろし官能小説
中途半端にはやらないと決めたせいで、思わず前貼りを外してしまった
作品から着想を得た、書き下ろし官能小説です。
作品の余韻から生まれた、出演者本人とは無関係の独立した物語です。
この物語は作品から着想を得た独立したフィクションです。出演者本人の心情や実際の出来事、レビュー対象の固有場面を示すものではありません。
この小説は、作者自身のアイデアと構想をもとに、AIの支援を受けながら文章化・推敲しています。
WRITTEN FOR SLENDER IV.com
主演が決まったと聞いた瞬間、私は言葉が出なかった。
「……ほんとに?」
マネージャーが笑った。
「ほんと。決まったよ」
その言葉を聞いてから数秒遅れて、私は立ち上がった。
「やった……!」
気がつけば、マネージャーの腕を掴んでいた。
二十四歳。
女優を始めて五年。
仕事がないわけではなかった。
連続ドラマの脇役。
配信ドラマ。
企業広告。
映画にも何本か出た。
名前を言えば「ああ、見たことある」と言ってもらえる程度にはなっていた。
でも、それだけだった。
私でなければ成立しない役。
代表作と呼べるもの。
そういうものが、まだなかった。
少し前から考えるようになっていた。
このままなのかな、と。
若手女優という言葉は便利だ。
失敗しても「まだ若いから」。
目立たなくても「これからだから」。
でも、その言葉に守られたまま何年も過ごしていいわけじゃない。
自分は、本当に女優としてやっていけるのか。
そんなことを考えていた時期に、この映画のオーディションを知った。
主演。
小規模ではあるけれど、若手監督の新作。
脚本も面白かった。
そして募集要項には最初から明記されていた。
濡れ場あり。
かなり踏み込んだ親密な場面を含む。
応募する前に、一度だけ迷った。
事務所からも確認された。
「本当に受ける?」
私はそのとき、しばらく黙ってから答えた。
「受けたいです」
濡れ場がやりたかったわけじゃない。
ただ、そこで逃げたら、この先もずっと安全な役だけ選んでしまう気がした。
女優としてどこまでできるのか。
それを、一度くらい試してみたかった。
だからオーディションを受けた。
受かった。
その事実が、今になって急に重くなる。
喜びのあとから、胸の奥に小さな緊張が湧いた。
あの映画だ。
本当にやるんだ。
マネージャーが私の顔を見た。
「怖くなった?」
「……ちょっとだけ」
正直に言った。
「でも」
私は自分に言い聞かせるように続けた。
「受かるか分からないときだけ格好いいこと言って、決まったら逃げるのは嫌だから」
「うん」
「やります」
その言葉を言うと、不思議と落ち着いた。
もう降りない。
だったら。
できるところまでやろう。
中途半端にだけはしたくない。
そのときの私は、それを純粋に芝居の話として考えていた。
正式に脚本を受け取ってから、問題の場面を何度も読んだ。
映画の中盤。
主人公の女性が、それまでずっと自分の気持ちを押し殺していた相手と一線を越える。
物語の転換点だった。
ここを軽く扱ったら、その後の主人公の選択に説得力がなくなる。
演出についても細かく説明された。
どこまで肌を見せるか。
どこをカメラに映すか。
身体をどう重ねるか。
どんな動きで実際以上の親密さを見せるか。
どこで顔を撮るか。
すべて決められている。
撮影では前貼りも使う。
必要最低限のスタッフだけにする。
互いの身体が不用意に触れすぎないよう確認もする。
説明を受けるほど、私は逆に安心した。
ちゃんとしてるんだ。
当たり前だけれど、映画なのだ。
本当に何かをするわけじゃない。
そのうえで、本当に見える芝居をする。
それが仕事だ。
相手役は三十歳の俳優だった。
すでに何本も映画で主演している人だった。
最初は少し緊張した。
でも話してみると、思っていたより穏やかな人だった。
必要以上に距離を縮めない。
それでいて芝居の話になると細かい。
「この場面、たぶん彼女のほうが怖いですよね」
本読みのとき、彼が言った。
「怖い?」
「だって、今まで守ってたものを自分で壊すわけだから」
私は脚本を見た。
確かにそうだと思った。
だからその場面が好きだった。
撮影当日。
セットに入った瞬間、空気がいつもと違うのが分かった。
スタッフは少ない。
必要な人だけ。
照明も静かだった。
私はガウンを羽織ったまま、ベッドの端に座っていた。
相手役が少し離れたところにいる。
最後の確認が始まった。
触れる場所。
動く順番。
カメラ位置。
無理だと思ったらすぐ止めること。
予定外のことをしないこと。
全部分かっている。
それでも心臓は速かった。
私は自分の手を見た。
震えてはいない。
大丈夫。
ここまで来た。
私はこの役をやると決めた。
中途半端にはやらない。
監督が位置についた。
カメラが回る。
シーンが始まった。
最初は全部、予定通りだった。
台詞、沈黙、視線。距離が縮まる。相手役の顔が近づく。キス。
リハーサルでもやった。何度も確認した。なのに本番は違った。
唇が触れた瞬間、温度が先に来た。息が私の口の端に当たる。
「……んっ…」
役の声にするつもりだったのに、喉が先に鳴った。
カメラのモーターが遠くで回っている。
目の前の人が、相手役の俳優ではなくなった。脚本の中の男に見えた。
この人をずっと欲しかった女の熱が、自分の中に入ってくる。
相手の手が、打ち合わせどおり肩甲骨に置かれた。なのに私は、リハーサルより身体を寄せた。
胸がシャツのボタンに当たる。布の向こうで乳首が立つのが自分でも分かる。下腹が、キスだけで熱くなった。
相手役の目が一瞬変わる。予定と違う。気づいた。でも彼は止めなかった。私も止めなかった。
「んっ……」
カットはかからない。だったら大丈夫、と頭をよぎる。
台本より強く抱きつく。指が背中の布を掴む。予定より長くキスを続ける。
舌は入れないと決めていたのに、下唇を短く噛んだ。
「……んんっ…はぁ…」
指示された表情ではなく、自分から見る。彼の喉が一度動いた。
手が肩から脇の下へ降りる。親指が肋骨のあいだをなぞる。浅い。足りない気がして、腰の角度を自分から変えた。
太腿の内側が彼の膝に触れる。そこがもう湿っている。
「は…ぁっ……」
役の息のはずだった。彼の手が止まる。目だけが来る。私は首をほとんど動かさずに続けた。
カメラは回っている。誰も止めない。相手役も応じている。だったら、もっと。
やがて、前貼りを意識した。安心材料だったもの。
ここまでは芝居、ここから先は違う、と教えてくれる線。
その縁が脚の付け根で熱を持って、急に邪魔になった。
役を嘘にしたくないのか、先まで行きたいのか、区別できない。
動きを止めた。相手役が目だけで確認する。大丈夫か。続けるのか。
小さく頷く。自分の手で境界に触れた。貼ったものの端に指が当たる。
その刺激に、腹の奥が締まった。
「カット」
監督の声で、セットが現実に戻る。相手役が離れる。呼吸を整える。ガウンを渡される。
誰も騒がない。空気だけが変わった。
監督が近づく。「今の、どこまでやるつもりだった?」
責める声ではなかった。
「分かりません」
本当に分からなかった。「予定を変えるなら、ここで止める」。頷く。
なのにガウンを握ったまま言った。
「もう一回やりたいです」
「さっきの続き?」
「はい」
「予定通りに戻す?」
答えなかった。相手役を見る。彼も見ている。
「できるところまで、本気でやりたいです」
静かになった。相手役にも確認がされた。少し考えてから、「彼女が本当にそうしたいなら」。
「お願いします」
再びカメラが回る。
もう同じ場面ではない。
安全な線を自分で消したことを、相手役も監督もスタッフも知っている。
最初だけ台本どおり。キス、手、体重。
「…んんっ……」
相手役が何度も表情を見る。まばたきより短い合図で続ける。止めたくなかった。口が鎖骨の窪みに落ちる。熱が胸の上まで滑る。
掌が乳房を覆う。指はまだ乳輪の外。浅い。角度を変えて、乳首が掌の中央に当たった。
「…はぁっ……」
背中がシーツから離れる。
掌で乳首を押しているだけ。
それでも腹が波打つ。
撮影されている。見られている。映画になる。その事実が、役から出られなくする。
腰が重なる。打ち合わせより深い。布と布が擦れる。彼の手が太腿の内側へ。親指が、前貼りのあった場所を探す。
もうない。私が外した。
指の腹が割れ目をなぞり、クリトリスに浅く当たる。
「はっ……ぁ…」
すぐ外す。また当たる。胸へ戻る。腰を掴む。シーツを掴む。息が耳の横で切れる。
「……はっ…はぁっ…」
役の台詞ではない。彼も名前を呼ばない。腰を両手で固定した。穏やかな人の、予定外の強さ。
先端が何もない入り口に、直接触れる。
熱い。滑る。
役の女が欲していたものと、今の身体が欲しているものが、同じ場所で重なる。
彼が止まる。目。顎を少し上げた。続けて、という意味。腰が寄る。入ってくる。
「あっ……入って……はぁ…っ…ぅん…」
自分の声だと分かった。
熱い。太い。途中で一度止まり、また進む。奥まで届く前に、浅い位置で一度擦れた。
膝が内に寄る。
「んっ……ぃや……まだ…」
まだ、と言いながら腰は逃げない。彼が腰を引く。ほとんど抜けて、また入る。浅く、浅く、そのあいだに一度だけ深く。
当たる場所がずれるたび、クリトリスが彼の腹に擦れる。手は胸に残ったまま、乳首を軽く捻る。
「あぁ…っ…んっ、んっ、んっ…はぁ」
単調な往復だけにならない。浅く突かれ、深く来た拍子に胸を掴まれる。骨盤の向きを変えると、先が別の場所に当たった。
「あぁぁ…っ……ぁぁ」
彼が同じ角度で、さらに一度。短い声が喉の奥で潰れる。
台本では、主人公が感情を抑えきれなくなる地点だった。私も同じだった。止められない。
カメラを忘れていないのに、役だけではなくなっていく。
速くなった。途中でまた深く。腰が自分の意思より先に反る。相手に向かって動いてしまう。手が背中を短く掻く。
「んあっ、あっ、だめ……っくっ……ぅぅ……あぁぁっっ」
演じる必要のない反応だった。視界の端で照明が滲む。全身がびくびくと震える。
息なのか声なのか判らないものを吐く。
「あ…あぁ…はぁ…っ…はっ…」
「カット!」
その瞬間、女優に戻った。誰もすぐには喋らない。自分の呼吸だけが聞こえる。ガウンを渡される。
「ありがとう」
声が震えていた。相手役を見る。何か言いたそうで、何も言わない。それでよかった。
監督がモニターから来る。急に怖くなる。
映画だから、役だから、本気の芝居だから。全部、言い訳にしか思えなかった。
「確認する。映像を見て、使える範囲を決める。二人とも嫌なら使わない」
頷いた。
「ただ。芝居としては、今のが一番いい」
その言葉を聞いて、救われた気がした。芝居。まだ、その言葉を使っていいんだ。
*
映画が完成するまで、私はあの場面についてほとんど考えないようにした。
考えると、答えが出てしまいそうだったからだ。
自分はあの日。
女優としてやったのか。
それとも。
自分がやりたかっただけなのか。
完成版を初めて見たのは関係者試写だった。
上映が始まってから、私はずっと落ち着かなかった。
問題の場面が近づく。
音楽が変わる。
二人が部屋に入る。
私はスクリーンの中の自分を見た。
編集されていた。
当然だった。
露骨なところは何もない。
細かく切られている。
映画として見れば、普通の濡れ場だった。
それでも、かなり生々しい。
何が本当に起きていたのかは分からないだろう。たぶん、誰にも。
そして。
私の顔が大きく映った。
私は息を止めた。
ここ。
分かる。
私だけは分かる。
この顔は。
演技じゃない。
でも隣のマネージャーは、普通にスクリーンを見ている。
周りのスタッフも同じだった。
誰にも分からない。
映像だけを見れば、迫真の演技。
それだけだった。
上映が終わった。
監督が私のところへ来た。
「どうだった?」
私は少し考えた。
「……怖かったです」
監督が笑った。
「成功だな」
映画は予想以上に評価された。
口コミが広がった。
上映館が増えた。
そして、多くのレビューがあの場面に触れた。
若手女優とは思えない迫真の演技。
主人公の感情が剥き出しになる瞬間。
役と本人の境界が消えたようだ。
そんな言葉が並んだ。
私はそのたびに不思議な気分になった。
境界が消えたような。
その表現を見るたびに思う。
そうじゃない。
あの瞬間だけは。
本当に消えていた。
その年、私は新人賞を取った。
次の映画も決まった。
その次も。
少しずつ、自分で仕事を選べるようになった。
いつの間にか、雑誌の記事では私の名前の前に「実力派」という言葉がつくようになった。
あの映画が代表作になった。
私がずっと欲しかったもの。
主演作。
評価。
女優としての居場所。
全部、あの映画がくれた。
数年後。
テレビ番組で、あの映画について聞かれた。
「やっぱり、あのシーンは大変でした?」
司会者が訊く。
私は笑った。
「大変でしたよ。初主演だったので」
「かなりリアルでしたよね」
客席から小さな笑いが起きる。
私は少しだけ間を置いた。
「そこは女優なので」
今度は大きな笑いが起きた。
私も笑った。
嘘は言っていない。
私は女優だ。
あれは映画だった。
カメラも回っていた。
監督もいた。
スタッフもいた。
完成した映像を見ても、何が演技で何が本当だったのかなんて誰にも分からない。
番組は次の話題へ移った。
私は笑顔のまま、テーブルの下で指先を握った。
たぶん。
一生言わない。